『妹レッドベレー戦慄のヤンデレ赤ずきん』過去に書いた小説をWEB公開します
読者のみなさま、ごきげんよー
同人サークル The sense of sightのBLACKGAMERです
過去にどうしてもヤンデレな妹が書きたくて書いた作品をブログで公開します!
4万5千文字ほどの中編小説、完結済みなのでお時間のあるときにどうぞ。
複数話分割するか迷ったけど、一挙公開にしました。
見づらいなどの意見がありましたら、コメントなどでお寄せください。
残虐シーンそれなりにあるので注意、エロはなしです!
あらすじ
この耳はね、おにいちゃんの声を聞くためにあるの。
この目はね、おにいちゃんの姿を見るためにあるの。
この腕はね、おにいちゃんを抱きしめるためにあるの。
それなのに、あなたが邪魔する。
あたしとおにいちゃんの邪魔を。
許さない。
あたしは、あんたを絶対に許さない。
兄を守るためならば、妹は手段を選ばない。
兄への愛の深さ故に、敵は地獄へと堕ちることになる。
01.至福の妹
「いっけない、おそくなっちゃった」
駆け足で校門をくぐり、腕時計を見て泣きたくなる。
いつもの下校時間より、二十分も遅い。
つまり、いつもより二十分も、おにいちゃんの傍にいる時間が減っちゃったんだ。
「もぉ、急がなくっちゃ」
制服姿の人波を避けるように大通りから外れ、人気のない小道を全力で駆け出す。
おにいちゃんと一緒にいられない時間なんて、一秒でも少ないほうがいいに決まってるんだから。
「やっぱり、行かなきゃ良かったかな?」
放課後、体育館の裏。
呼び出された定番の場所では、顔を真っ赤にした男の子が待っていた。
しどろもどろに、こっちが気の毒になるくらいに恥ずかしそうで、必死だった。
その気持ちだけは、痛いぐらいに分かる。
人を好きになるのって、大変なことだ。
周りのことも何も見えなくなっちゃうぐらい、好きな人のことしか考えられなくなる。
その人の反応が自分にとっての全てだし、喜んでくれるなら、どんなことだってする。
だから、告白されても、あたしはその気持ちに答えられない。
だって、あたしには、おにいちゃんがいるんだから。
「おにいちゃんは、あたしがクラスメイトに告白されたって聞いたら、どう思ってくれるかな?」
心配してくれるかな? それとも、大人になったって認めてくれる?
もしかして、嫉妬してくれたりして。
まさか、喜んでくれる……なんてことはないよね?
「ないない」
首を振って、自分の弱気な考えを振り払う。
きっと驚いた後に、いつものように笑ってくれるはずだ。
早く、おにいちゃんに会いたい。おにいちゃんの笑顔が見たい。
おにいちゃんのことを想うと、胸の奥が熱くなって、幸せな気持ちが無限に湧き出してくる。
おにいちゃんに近づいてると思うだけで、自然に頬がゆるんできちゃう。
「そうだ、今日の晩ごはん、何にしようかな?」
栄養のバランスを考えて、でも、おにいちゃんの好きなものも外したくない。
もちろん、ワンパターンになるのもダメだし、最近作ったのなんて絶対ダメ。
「んー、やっぱり和食がいいかな」
天ぷら…は、この前やったし、煮物…がいいかな? でも、焼き魚も…。
あれやこれやと考えながら、坂道を駆け下りる。
おにいちゃんという最上の幸福に続く、幸せな道。
息を弾ませながら、至福の帰り道を一気に駆け抜けた。
他の家と比べるとちょっと頑丈な鉄製の門を開け、自慢の庭を横切る。
家のドアに着く前に、鞄から、お気に入りのキーホルダーがついた鍵を出した。
薄型携帯くらいある長方形で、銀板をキャンバスに小さなハートがいくつも刻まれ、宝石みたいに輝く石が散りばめてある。
この可愛いデザインも大好きだけど、あたしが一番気に入っているのは、そこじゃない。
「えへへ」
思わず口元を緩ませながら、鍵穴に差し込む前に、親指を添えて横へ滑らせる。
ぱちん、と小さな音を立てて、キーホルダーが二枚に割れた。
「はぁ」
中の写真を見て、思わず、ため息がこぼれる。
そう、これの一番いいところは、大切な人の写真が入れられるようになってるところだ。
あたしの手の中では、黒いランドセルを背負った少年が、こっちに向かって活発な笑みを浮かべ、ピースまでしている。
笑い声が、今にも聞こえてきそうだ。
「あーもー、可愛いなぁ、可愛すぎるっ」
身悶えして、もう一度、うっとりとため息をつく。
写真の中のおにいちゃんは、小学校四年生。遊び盛りの男の子だ。
半そで短パンで、むきだしの肌には、いくつもの擦り傷や切り傷が見える。
格好良く成長したおにいちゃんも大好きだけど、幼くて元気なおにいちゃんも、もちろん大好きだ。
無邪気で、純粋で、思わず抱きしめたくなる。
ひとしきり堪能してから、鍵穴へとキーを差し込む。
そろそろ、中の写真を変えてから一ヶ月、新しいのに変える時期だ。
次は、いつの写真がいいかな?
ネクタイを締めたブレザー姿のおにいちゃんもいいかな。
風が、ふわりと頬をなでる。
「? わっ…」
急に威力を増した風に、右手で浮き上がりかけた帽子を、左手でスカートを押さえる。
ばたばたと髪や服を揺らした突風は、すごい勢いで吹き抜け、五秒もせずに収まった。
「ふぅ……あぶないなぁ」
あたしの宝物が、もう少しで飛ばされるところだった。
壊れ物を扱うときと同じくらい優しい手つきで、赤い帽子の形と位置を直す。
おにいちゃんからの、初めてのプレゼント。
もらってからは、本当に肌身離さずにつけている。
もう、あたしの身体の一部と変わらない。
「ただいまー」
脱いだ靴をそろえてから、姿見の前へ。
鏡に全身を映して、おかしいところがないか、隅々までチェックする。
だって、おにいちゃんに、恥ずかしい格好なんて、絶対見せられないから。
おにいちゃんに会う前の、とっても大事な儀式だ。
「よし」
自分の部屋には寄らないで、鞄を持ったままでおにいちゃんの部屋へ直行。
ドアの前まで来て、小さく息をつく。
いつも同じだ。
早く会いたくてたまらないのに、部屋に入るときは、ドキドキして胸がつぶれそうになる。
きっと、鏡で自分の顔を見たら、ほっぺたが赤くなってるはずだ。
「んっ、んんっ」
おにいちゃんに聞こえないように咳払いして、喉の調子を確かめる。
これで、ばっちりだ。
小さくノックして、数秒だけ待ってからドアを開けた。
「ただいま、おにいちゃん」
自分にできる最高の声と笑顔で、おにいちゃんの部屋へ入る。
おにいちゃんは、いつもと変わらない優しい笑顔で、あたしを出迎えてくれた。
楽しい楽しい夕食をすませて、後片付けも終わらせ、今はおにいちゃんの部屋で二人きり。
おにいちゃんは、いつも聞き役に回ってくれるから、あたしが色んなことを話す。
学校のこと、料理のこと、あたしの思うこと、本当にとりとめのない話ばっかりだ。
誰にも邪魔されない、二人だけの、この世で最も幸せな時間。
いつまでも、これが続けばいいのに。
あたしの腕につけていた時計が、わずかに一瞬だけ震える。
文字盤を見ると、小さな文字で『警戒』と浮かんでいた。
表情に出ないように意識して、クッションから立ち上がる。
「あっ、もうこんな時間か。あたし、そろそろ寝るね」
本当は、おにいちゃんとずっと一緒にいたい。
おにいちゃんと同じベッドで寝たい。
…けど、心配させたくないから、それを全部我慢する。
「おやすみなさい、おにいちゃん」
両手で静かにドアを閉めて、自分の部屋へと向かう。
部屋に入り、後ろ手にドアを閉めて、鍵をかけた。
これで、この部屋の中で起きた音も声も、絶対に外へは聞こえない。
「敵の数は?」
渇いた声で、腕時計に問いかける。
返答を頭の中に叩き込みながら、お気に入りの赤い帽子を頭に載せた。
02.戦う妹
「!」
あたしが外に出ると同時に、周囲の光が全て途絶える。
お隣や、道路を挟んだお向かいのカーテンから漏れていた灯りは消え失せ、街灯さえもその輝きを失っている。
原始的な月と星の光しか届かない、都会で見るには、純度の高い暗闇だ。
「ふぅん、ここら一帯の停電を装って、電気系統にも手を回して来たのね」
玄関のドアを閉じて、腕時計に命令(コード)を打つ。
ぶぅんと低い駆動音の後に、庭に設置した全ての対人兵器が、正常に作動した。
「うん。自家発電も、ちゃんと動いてるわね」
これで、おにいちゃんは安全だ。
あたし以外は、誰一人としてこの家に近づけないし、このドアを開けることもできない。
「すぐ帰ってくるからね、おにいちゃん」
聞こえてるはずのない「行ってきます」をして、目の前の公道へ。
敵がわざわざ作ってくれた夜闇に溶け込むように、足音を殺して歩き出す。
闇に乗じる気なら、相手になってあげる。
この辺りは、あたしの…ううん、おにいちゃんの庭みたいなものだ。
大通りはもちろん、小道、わき道も全て確認しているし、建物の高低や配置も完璧に把握している。
そんな場所で、あたしに戦いを挑んでくるなんて、本当に身の程を知らない。
「それに、おにいちゃんとあたしの時間を邪魔するなんて…」
続く言葉を飲み込み、ゆっくりと息をつく。
どれだけ怨嗟の言葉を尽くしても、今から会う馬鹿たちには足りない。
それを、分からせてあげなくっちゃ。
全身を黒で染め上げた小太りの男が三人。
大、中、小と呼べるぐらいに、それぞれ、二十センチぐらい身長差がある。
下はあたしよりも小さく、上は近づいて顔を見ようとしたら首が痛くなるような高さだ。
前衛を中と小の二人が担当し、後方は一番大きいのが一人だけ。
着かず離れず、正三角形を保って歩いている。
手には銃器の類を持って、目元以外は、フルマスクにすっかり覆われていた。
これ以上ないくらいに、分かりやすい襲撃者たちだ。
不審者として通報したら、警察が片付けてくれるんじゃないかな。
「この仕事をクリアすれば、俺たちも億万長者か」
一番後ろにいる男の口元あたりが、もごもごと動く。
覆い隠しているせいで、ずいぶんとしゃべり辛そうだ。
「でも、こんないい話、絶対に裏があるんじゃない?」
返したのは、前のほうにいる一番小さな男。
不安げな声をあげて、しきりにキョロキョロと辺りを見回している。
いかにも気弱そうなしゃべり方だ。
「汚い話ほど、金払いがいいんだよ。常識だろ?」
「そうだな。今さら、引き下がれるか」
一人だけ弱気なチビを叱るように、他の二人が口々にわめく。
おしゃべり? しかも、敵地で、作戦中に、まだ手に入っていない報酬の金勘定?
気を引き締め直して注意深く見ても、こっちの油断を誘ってるようには見えない。
せっかく足音を忍ばせてやったというのに、無駄になったわね。
まさか、本気で、金に釣られただけの欲ボケ馬鹿なの?
「それは、分かってるけどさ」
口をとがらせて、落ち込んでみせたかと思えば、次の瞬間には目を輝かせて、周りの二人を交互に見た。
「そ、そうだ。終わった後なら、標的の家、燃やしてもいいかな?」
「またかよ、この放火中毒者は」
「でもさ、そのほうが逃げやすいだろ? 人目は炎に向くし、煙で視界が潰れるし」
「まーた始まった、ホントにお前は火遊びが大好きだな」
必死に力説するチビを、残りの二人が笑い飛ばす。
その気安い雰囲気から考えると、おそらく、普段からの親交があるわね。
「なあ、いいだろ? な?」
あきらめきれないのか、しつこく食い下がり、後ろにいる大男へ振り返る。
がら空きのチビの背中が、あたしの視界に映った。
今、手元に銃があれば、確実に殺せるわね。
「んー、まあ、事故ってのは、起きるものだからな」
「そうそう。火の不始末ってのは、火事の原因じゃ一番多いんだよ」
目を輝かせて、チビが同意する。
炎が見れるのが、嬉しくてたまらないらしい。
「まったく、甘いんだからよお」
「そういうなって。目ぼしいもの盗ってからにしろよ?」
「分かってるって」
許可を出したのが、連中の頭みたいね。
で、おそらく、ガキみたいに笑ってる炎中毒のチビが一番下。
つまり、身長の大きさがそのまま、三人の立場と一致している。
「で、残りの距離は?」
「そうだな、話によると…」
三人の声量を抑えた会話は、終わる気配がない。
でも、もういい。情報収集は、もう十分だ。
これから死ぬ奴のことをいちいち覚えてたら、脳がパンクしちゃう。
あたしの記憶領域を使っていいのは、おにいちゃんのことだけなんだから。
「目標捕捉、殲滅するわ」
口づけをするように腕時計を引き寄せ、小声で告げる。
あたしの通信に、数秒のラグがあってから返事がきた。
表示されたのは、『生捕』の二文字。
「ふぅん、生け捕り……ね」
こんな馬鹿を生かしておくなんて、とっても気分が悪いけど、そんなことでケンカするほど、あたしは馬鹿じゃない。
どんな形であっても、生きてさえいれば、いいんでしょう?
だったら、死なせてほしいと希(こいねが)うような地獄へ連れて行ってあげる。
背後へと回り込み、気づかれないように距離を詰める。
仕留める順番は、セオリーどおり、上から下へ。
そのほうが、混乱を招いて戦力を削ぐことができるし、速い段階で無力化しやすい。
最初に狙うのは、一人で後衛を務める大男。
他の二人の視界に入らずに終わらせられるから、都合がいい。
まずは、あんたからよ。
「っ」
会話に参加していない空隙をついて、一撃で意識を刈り取る。
もちろん、悲鳴をあげる暇なんて与えない。
一切の抵抗を封じられ、残った空気を口から吐き出した後に、大男は膝から崩れ落ちた。
「なっ? なんだ? どうした?」
「くそっ!!」
慌てふためくだけのチビとは対称的に、残りの一人は機敏な反応を見せた。
武器を油断なく構え、倒れた男に駆け寄る。
それでも、容態を確かめたりはせずに、銃口を周囲に向けてあたしの姿を探している。
馬鹿ね。あたしを迎撃なんて、出来るわけないじゃない。
一人を見捨てて散開しないのは、あたしにとって好都合だ。
「おいっ! おいっ! 目を覚ませっ!!」
銃口を下げずに、ブーツのかかとで、倒れた男を必死に小突く。
無駄だ。そんなことぐらいで意識を取り戻せるほど、あたしの攻撃は軽くない。
「おいおい、マジかよ」
我に返ったチビも慌てて走り寄り、中ぐらいの奴と背中合わせになる。
あれで、死角を消したつもりみたいね。
仲間の近くにいるというわずかな気持ちの緩みが、口からため息になって零れ落ちる。
その油断を、あたしが見逃すわけがない。
的を絞らせないために弧を描いて急接近し、銃身へと手を添える。
そのまま、勢いに任せて相手の身体へと銃を押し込んだ。
衝撃を貫通させて、身体の中を壊してやる。
「がっ…」
? 大した手応えを感じなかった。
踏み止まろうとしなかったのか、押されたチビは後ろの男を巻き込んで、派手に吹き飛んだ。
転倒した衝撃に耐え切れず、二人が武器を取り落とす。
「こんなオモチャは、没収よ」
地面に転がった二つの銃を拾われるより前に、誰もいないほうへと蹴り飛ばす。
がりがりと音を立ててアスファルトを削り、手の届かない距離まで滑っていった。
「あっけなかったわね」
さっきのお粗末な反応を見ても、近接格闘術の心得があるとは思えない。
武器を取り上げられたら、もう打つ手なんてないだろう。
「いい気になってるみたいだが、残念だったな」
不敵に笑って、中ぐらいのほうがゆっくりと立ち上がる。
往生際が悪いわね、まだ戦力差が分からないなんて。
「俺は接近戦の方が得意なんだってことを教えてやるよっ!」
そう吐き捨てると、腰を落とした低い姿勢で、両手を広げて突っ込んでくる。
小太りな体型に似合わない、俊敏な動きだ。
これ、タックル?
後ろや横へは逃げずに、斜め前へと踏み込んで、迫る両腕をすり抜ける。
男に抱きつかれるなんて、冗談じゃない。
あたしに触れていいのは、おにいちゃんだけだ。
あたしは、身も心も全て、おにいちゃんのものなんだから。
「逃げるなよ、硬いベッドに寝かせてやるぜ」
下心丸出しの下卑た笑みに、気持ちが悪くなる。
その顔はもう、目的を忘れた性犯罪者にしか見えない。
「やっちまえっ! 組み敷いちまえば、女の腕力に負けるはずがねえっ!」
「おうよっ!」
無駄だと分かってないのか、馬鹿みたいに突進を繰り返してくる。
あーもぉー、うっとうしいっ!!
あたしには、豚で闘牛やる趣味なんてないの。
「くそっ、ちょこまか動きやがって。いい加減に捕まれよ!」
「この足はね、おにいちゃんの元に行くためにあるの。この耳はね、おにいちゃんの声を聞くためにあるの。この腕はね、おにいちゃんを抱きしめるためにあるの。この身体はね、おにいちゃんのためだけにあるの。それなのに、あなたが邪魔する。あたしとおにいちゃんの邪魔を」
胸いっぱいに空気を吸い込み、ありったけの怒りと一緒に言葉を吐き出した。
「許さない」
その一言が、頭の中で延々と繰り返される。
許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない。
絶対に、許さない。
「なら、やってみろやぁっ!!」
唸り声をあげて、男が威勢よく突っ込んでくる。
「調子に乗るなっ!」
軸足である左で地面を踏みしめ、右の太ももに力を込める。
蹴りやすい位置まで降りていた顔面を、足の裏で思いっきり踏みつけた。
「なっ、ぐっはっ…」
払おうと動いた男の手は、結局、あたしの足に触れることなく、ずり落ちた。
馬鹿の一つ覚えであたしをどうにかしようなんて、話にならない。
首の骨は折れてないはずだし、まあ、死なないでしょ、たぶん。
後遺症までは、保証できないけど。
「さて、これで最後の一人ね」
「ひぃぃっ」
戦闘不能になった仲間を見ていたチビが、あたしと目をあわせた瞬間に、声にならない悲鳴を上げる。
その顔面は、涙と鼻水で見苦しく、哀れなほどに蒼白だった。
「く、来るなぁっ!!」
半狂乱になった男が、声を裏返えらせて叫ぶ。
何度も転びながら自分の武器へとすがりつき、振り返りざまに照準をあたしへ向けた。
やれやれ、本当に往生際が悪いわね。
あんたの腕じゃ、あたしに当てられるわけないのに。
とぷん。
「?」
小さいけど、たしかに水音が聞こえた。
銃器の類なのに水? まさか、水鉄砲なんて馬鹿なものじゃないだろうし。
じゃあ、あの中に入ってるものは……。
「くらえっ」
「当たるわけないでしょ」
指の動きで発射のタイミングを見切り、横へ飛びのいた。
一条の赤が夜空を貫き、数瞬で空気を取り込み、大きく膨れ上がる。
火炎放射器、あれだけ炎に心を奪われてるなら、当然の選択だろう。
「がぎああぁぁぁぁぁぁっ」
この世の者とは思えない絶叫に振り返る。
そこには、さっき失神させた、突進大好きの闘牛ならぬ闘豚が、焼き豚になっていた。
さっきの一撃の火線上にいたみたいね。
「あーあ。運がなかったわね」
これなら、さっきあたしが殺してあげた方が、まだ幸せかもしれない。
焼け爛れる痛みと苦しみで、きっと、発狂しているだろう。
「あ、ああ、あああ」
壊れたように声を絞り出し、何度も何度も目を擦る。
自分がやったことを認めたくないみたいね。
胸に抱いた火炎放射器を恐くなったのか、取り落としたチビが、ガクガクと震えだす。
それでも、時折火だるまになった仲間に手を伸ばしてみるだけで、何にもできないでいた。
「これが見たかったんでしょう? もっと喜びなさいよ」
驚くほどの趣味の悪さね。あたしには、理解できないわ。
「こ…ろ…して、やる」
涙の筋に炎を映していた男が、目を見開いたままでつぶやく。
焦点のあっていなかった虚ろな瞳が、あたしを視界に納めた途端、狂った熱を灯した。
「お前もお前の家族も、絶対に、一人残らず、殺してやるっ!!」
「ふざけるな」
あまりの怒りに自分の声が掠れて、低くなる。
いきり立つ男の太ももを、全力で蹴りぬいた。
「がぁぁあぁぁぁっ!!」
びきぃっと骨が折れる音が響いて、足が本来の関節を無視して折れ曲がる。
支えを失った男の身体は、あっけなく地面へと転がった。
本当なら、こんな奴に何度も触るのもイヤだけど、しょうがない。
この男は、絶対に言ってはいけないことを口にしたんだから。
「がっ、くっ、こ、この、くっそがぁぁっ!!」
「動くな」
まだ暴れようとする男の背中を踏みつけて、強引に動きを止める。
じたばたと腕を動かしていた男が抵抗をやめると、その手が腰のほうへと伸びた。
何かを探しているみたいだ。
「ああ、これ」
男が抜き放つ前にナイフを取り上げ、逆手に持ち替える。
粗悪な安物だけど、この男一人を刺し殺すぐらいなら、十分だ。
「ねえ、悪いのはどこ? そんな言葉を吐き出す悪いところは、どこなの? 喉? 舌? 口? ううん、違うよね? そんなこと、声に出すだけじゃなく、考えるだけでも悪いことだもん。悪いところは、治さないとね」
切っ先で、首筋をなぞり、唇を通過して、こめかみへ。
ナイフの軌跡が赤い筋となって浮かび、そこから血がにじみ出た。
本当に悪い原因は、この中にいる。
ここの出来が悪いから、変なことを言わせるんだ。
どうやって、治してあげるのが一番いいだろ?
「薬がいい? 注射? それとも、直接上書きしてあげようか? なんなら、あたしがおにいちゃんの素晴らしさを脳髄に叩き込んであげてもいいよ? それでも効果がないような、出来損ないの脳味噌なら、きっちり切除してあげるから安心して?」
喉を潰し、舌をぶち抜き、馬鹿なことを言えなくしてから、おにいちゃんの素晴らしさを一晩中聞かせあげるの。
そして、それでもまだ理解できないなら、刻み込んだ頭ごと、綺麗に吹き飛ばしてあげなくちゃ。
「殺して……やる」
「まだ、そんな暴言を吐くの?」
やっぱり、ダメね。
こんなに救いようのない馬鹿じゃ、あたしでも助けてあげられない。
だって、生きている価値がないんだもの。
「ころ、し……て、や……」
「二度と口がきけないようにしてあげるわ」
蹴り飛ばして、強引にうつ伏せへと変える。
その後頭部に足を乗せ、アスファルトに口づけするのを手伝ってあげた。
「ぐっ、ばっ」
ふさがれた口の中から歯が砕ける音が漏れて、顔がゆっくりと変形していく。
数秒後には、赤い染みが地面に生まれ、時間をかけて育っていった。
おにいちゃんを悪く言うなんて、それだけで、重罪だ。
あたしの法では、万死に値する。
「う…あ…ぅ…ぁ…」
靴の下からは、あたしの足に反応するように、醜くて汚らしい、最悪なうめき声が漏れ出てきた。
「あれぇ? まだ声が出せるの?」
身体を痙攣させて、動くことも出来ないほどに無様なのに、まだ呼吸が止まっていない。
まったく、往生際が悪い。
「どうして生きてるの? 生きてる価値もないくせに。さっさと死になさい」
「や、あっ…く…ぅぁ…」
何度踏み潰しても、声は途絶えない。
本当に、こういう連中は、そろいもそろって信じられないぐらいに、しぶとい。
「生きていられるわけないでしょう? あたしの家族(おにいちゃん)を殺すなんて、その薄汚い唇で言ったんだから。一刻も早く、この世から消え去りなさい」
おにいちゃんの価値が分からないだけでも、許しがたいのに。
おにいちゃんを殺そうなんて、空想だけでも死罪。
口に出して言うなんて、死んで詫びても許されない。
「ん?」
音を立てて、腕時計が激しく振動する。
見れば、浮かんでいるのは、『停止』の二文字だ。
こんな重罪を見逃して、あくまでも、生け捕りするつもりなの?
まったく、ワガママなんだから。
「喜びなさい。ほんの少しだけ、あなたに生きている価値をあげるわ」
肩を蹴り飛ばしてから、頭の上に置いていた足を地面へと降ろす。
しばらく無様なうなり声をあげた後、ようやく、男はぴくりとも動かなくなった。
「これ、返すわね」
顔面の真横、きっちり五センチの場所にナイフを投げる。
鈍い音を立てて食い込み、まるで、生け花のように、アスファルトにナイフが咲いた。
本当なら、血が噴き出さなくなるまで、刺し続けてやりたい。
だけど、ここはおにいちゃんのために、ぐっと我慢だ。
「完了ね」
思ったより、時間が掛かっちゃった。
早く、おにいちゃんの待ってる我が家に帰らなくちゃ。
03.出会う妹
「三匹の子豚じゃ相手にならなかったみたいね。にしても、この短時間で三人を仕留めるとは、驚きましたわ」
転がっている連中に背を向けたところで、突然女の声が響く。
「チッ」
舌打ち一つで、気持ちをもう一度戦闘に切り替え、臨戦態勢で周囲を索敵する。
まだ敵の残存兵力があるなら通信ぐらい入れなさいよ、本当に使えないわね。
「東洋人特有の黒目と、肩に掛かる黒髪、人違いではなさそうね。それにしても、なんて格好でしょう。袖の余ったピンクのパジャマ、ヒールのない平らなサンダル。そんな部屋着で外に出るなんて、羞恥心がないのかしら?」
妙に甲高い女の声が、高圧的で傲慢な英語で、あたしの特徴を連ねる。
でも、この近くに未確認の生体反応はない。
なら、どこに?
「最悪なのは、その小汚い帽子。それを可愛いと思っているなら、そのセンスのなさに同情しますわ。くすんだ赤なんて、血の色みたいで本当に悪趣味。買い換えるなら、よい店を紹介してあげてもよくてよ?」
哀れみと嘲弄を混ぜて、女が笑い飛ばす。
こいつ…。
奥歯を噛み締めて、力を溜め込む。
目が釣りあがっていくのが、自分でも分かる。
どこの誰だか知らないけど、おにいちゃんがあたしにくれたこの帽子を、馬鹿にしてくれるなんて…。
その命で、詫びさせてあげる。
「はじめまして。あなたが、あの悪名高い『妹レッドベレー』ね」
「人違いよ、クソ女」
「まあ、言葉遣いまで下品ね」
クスクスと笑い続ける、いまいましい声の元を追いかけ、目の前で倒れている男の襟元に行き当たる。
手で触れると、たしかに何かが埋め込まれていた。
「ここね」
中に入った通信端子ごと、力任せに引きちぎる。
覆いかぶさっていた布を剥ぎ取ると、女の声が、より鮮明(クリア)に聞こえる。
五百円玉と同じぐらいの大きさの、ボタン型通信機だ。
「武装もせずに素手で戦い、服を破り取るなんて、さすがは野蛮なサルね」
罵倒を聞き流して、思考を整理する。
あたしの行動が筒抜けになっているってことは、音だけじゃなく映像も中継されているみたい。
相手をしてやるのも面倒だけど、なるべく情報を引き出しておくか。
まずは、こいつらの目的からだ。
「で、あんたは、こんな雑魚を使って、何がしたかったわけ?」
「あなたに用はありません。私の用事があるのは、あなたのご主人様ですの。危害は決して加えませんので、会わせてくださらないかしら?」
「何を言い出すかと思えば、笑えない提案ね。なら、こいつらは何なの? 無茶を言えば、冗談になるとでも思ってるわけ? 武装した兵を送り込んでおきながら、どの口でそんなことをほざくの?」
ふざけた物言いに、怒りが止まらない。
「だったら、菓子折りでも持って、呼び鈴を押せば良かったのかしら?」
「もし、そんなおぞましいことをするつもりなら、門に届くまでの間に肉塊に変えてあげるわ」
おにいちゃんとあたしの家に、他人を……しかも、得体の知れない女を入れるなんて、想像しただけでも吐き気がする。
きっと、消毒液をどれだけ使っても、この女の汚れは、消えないだろう。
そうなったら、もう、リフォームするか、引っ越すぐらいしか方法がない。
おにいちゃんとあたしの思い出が詰まった家をこんな女のために放棄するなんて、想像だけでも許せるものじゃない。
「ほら、ごらんなさい。実力行使以外に、道はないじゃない」
勝ち誇った声で、女が自分の正しさを主張する。
腕力で解決しようと思って、こんな雑魚しか集められないなんて、馬鹿を超えて可哀想だ。
ここまで低脳しかいないなんて、余程、人を見る目がないんだろう。
「だったら、手駒がぶちのめされて、気が済んだでしょ? 負けを認めてさっさと失せなさい」
「勘違いなさらないで、今日のは単なる小手調べよ。次は、精鋭たちを…」
「次…ね」
奇襲に次なんてない。
相手に知られたら警戒されるし、下手をすれば逆襲される可能性だってある。
回を重ねた分だけ、成功率は下り坂だ。
そんなことも分からないなんて、本当に度し難い。
「その程度の知能じゃ、おにいちゃんの良さなんて分からないわよね、可哀想に」
こんな馬鹿が、おにいちゃんに暴言を吐いたなんて。
だんだん、相手をするのが面倒くさくなってきた。
こんな馬鹿の相手はさっさと終わらせて、おにいちゃんと一緒に寝たい。
そう。そうだった。大事なことを忘れていた。
こいつは、おにいちゃんとあたしの時間を邪魔をしてくれたんだ。
甘くて幸せな、何者にも変えがたい貴重な時間を。
「そちらこそ、私の実力を理解したような口は叩かないでくださいません? いいこと、私は……」
だらだらと続きそうな気配の負け惜しみを、聞くつもりはない。
小さく息を吸って、声に怒りを乗せ、一息で吐き出した。
「この世から消えたくないなら、手を引きなさい」
「あら、意外とお優しいのね。妹レッドベレーと言えば、近づくものを全て八つ裂きにする、生粋の殺戮者と聞いていましたのに」
優しい? とんでもない勘違いに、思わず吹きだしそうになる。
そうね。冗談なら、これぐらい的はずれじゃないと笑えない。
あたしは、おにいちゃんと一緒にいられる至高の時間を、こんな馬鹿に邪魔されたくないだけだ。
でも、ゴミが降ってきたり、沸いて出てくるなら、しょうがない。
おにいちゃんの住まう聖域を、あたしという巫女が掃き清めるのは、当然のことだから。
「警告はしたからね。聞かないのなら、骨も残さずに消してあげるわ」
「見上げた忠誠心ね。こんな頼りない男の、何があなたをそこまで心酔させるのかしら? まあ、ブサイクなあなたには、お似合いの冴えない男かもしれないけれど」
スピーカーからは、キーを叩く音が聞こえる。
きっと、勝手に盗撮した画像でも開いて、見ているのだろう。
おにいちゃんの画像なのに、あたしの許可もなく。
その上、世界一格好いい、おにいちゃんのことを馬鹿にしてくれた。
なんて、なんて、なんてふざけたことをしてくれるんだろう? こいつは…。
「あなたと同じで、服装には気を使わないタイプなんですのね。あなたも、容姿にはこだわらないのかしら? どちらにせよ、このレベルでは、私の恋愛の対象にはなりえませ…」
「だまれ」
怒りで潰れた声で、奴の言葉を遮る。
こんな馬鹿に、おにいちゃんの素晴らしさが、分かるはずない。
そして、馬鹿が何を言ったところで、おにいちゃんの素晴らしさは変わらない。
でも、もうダメだ。
あたしは、かなり我慢した。それに、最大限の譲歩もした。
でも、もう、これ以上は、我慢できない。
こんなやつが、あたしのおにいちゃんのことを好き放題に言っているなんて、許容できるわけがない。
「事実でしょう? 何を怒っているのです?」
「黙れといったはずよ? お前ごときが、あたしのおにいちゃんを語るな」
今すぐに、針と糸が欲しい。
二度とその口が開けないように、こいつの上唇と下唇を、きつく縫い止めてやらなきゃいけない。太い針を通して、泣き喚く口を塞ぐの。
「まあ、怒ると形相が変わるんですのね。あなたの国の文化にある妖怪って、あなたのことなんじゃないかしら? たしか、鬼ばばあになるんでしょう?」
優越感に浸って、女があざ笑う。
敵を前にしているのに、安全だと思って調子に乗っている。
戦闘相手との通信を、他愛ない長電話なんかと同じように考えているなんて。
それが、どんなにリスクのある馬鹿なことなのか、教えてやらなくちゃ。
「これがいいわね」
あたしの手首に巻かれた機械には、ひっきりなしに相手の情報が送られてくる。
そこから相手の顔写真を選んで、手近な家の塀に投影した。
「へえ、こんな顔してるのね」
「!?」
通信機越しに、息を飲んだのが伝わってくる。
壁に映し出されたのは、見るからに高飛車で、目つきの悪い金髪碧眼の女。
画像を見ているだけでも、その性格と底意地の悪さが伝わってきそうだ。
ボタンを押して、画像を切り替えていく。
次々に服装と角度が変わるけど、そのどれもが露出度が高い。
肩や足を出しているのは当たり前、胸元も惜しげもなく出している。
慎ましさなんてこれっぽっちも感じない、自己顕示欲の塊。
その豊満な胸や尻を目当てに集まってくる馬鹿な男たちにちやほやされて、悦に入ってるタイプね。
それを自分の生まれ持った魅力と思っているなら、なんて可哀想な勘違い女だろう。
「なんだ、年増ばばあは、あんたの方じゃない。寝不足は美容の大敵なんだし、肌を出したいんなら、さっさと寝たほうがいいんじゃないの?」
「くっ…」
憎々しげにうなる声。だけど、そんな声一つで満足するつもりはない。
端末を操作して、さらに情報を引き出す。
「ずいぶんと大きな家に済んでいるのね。こんなに広いなら、中ではどんなスポーツでも出来そうじゃない。その無駄に大きな胸がお腹に取り込まれないように、せいぜいしっかり運動しなさい」
「なっ!?」
「島を一つ買い上げて、そこに君臨するなんて、一国の女王にでもなったつもり? だったら、哀れな自慰(示威)ね。そんなことをしなければ、満足できないなんて。ずいぶん周りの海が汚いのは、元々かしら? それとも、その建物から吐き出されている、とんでもない量の汚水のせい?」
「あ、あなた、どこまで…」
あわてるばかりで、何もできやしない。
通信さえ切ろうと思わないんだから、救いがたい馬鹿だ。
「身の程が分かったなら、さっさと失せなさい。今度ちょっかい出してきたら、その無駄な胸に石を詰め込んで、海に沈めてあげるわ」
「そんな脅しに、私が屈するとでも思っているのかしら? 私が奪うまでに他の連中に取られないよう、あなたのお兄様を大事に大事に守り抜きなさい」
平然を装いながらも、怒りと脅えが混ざってるのか、声が硬質になっている。
思った以上に、打たれ弱いみたいね。
「では、またお会いしましょう」
「冗談じゃないわ、二度とごめんよ」
途絶えた通信機を壊そうとして思い止まり、そのまま、男の上に投げ捨てる。
あんなものでも解析すれば、ある程度の情報は出てくるはずだ。
おにいちゃんに暴言を吐いた今日という日を、絶対に後悔させてやる。
04.帰投する妹
腕時計が、長く二度震える。
画面に表示されたのは、「終戦」、戦闘終了の合図だ。
これで、今日のところは、本当に終わったみたいね。
「お疲れさま。おかげで、また施設に送るサンプルが増えたわ、ありがとう」
腕時計から聞こえる女の単調な声が、またあたしをイライラさせる。
どいつもこいつも、あたしを怒らせるのが、本当にうまいわね。
他人からのねぎらいの言葉なんて、いらない。
それより前に、あたしに報告することがあるのが、なぜ分からないの?
「千草、言ってるでしょ? 報告はいつも、おにいちゃんのことから始めなさいって」
「あの方は、ゆっくりとお休みになられたままよ。家には、誰も近づいていないわ」
「そう」
自分の目で見るまで気は抜けないけど、ひとまずは、安心だ。
人気がないことを確認して、路地裏へと入る。
もう一度、周囲に誰もいないことを確認してから、問いかけた。
「で、実験の進展は?」
「残念ながら、まだ……」
悲哀に満ちたその声が、余計にあたしを苛つかせる
べつに期待していたわけでもないけれど、やっぱりその結果は気に入らない。
泣き言を漏らす暇があるなら、その時間を研究に使いなさいよ、まったく。
「千草、あなたは、本当に役立たずね。その台詞も、いい加減に聞き飽きたわ」
「そうまで言うなら、優秀な舞花様が、メインでやればいいじゃない」
自分ができないことを棚に上げて、一丁前にむくれてみせる。
きっと、頬っぺたを馬鹿みたいにふくらませているわね。
「そうね、そうすればいいのよ! 役割を交代しましょう、あの方の警護なら、あたしが代わるわ」
通信機の向こうにいる千草の声が、楽しそうに弾む。
そんな大それたことを言い出すなんて、いったい何を考えているんだろう?
「やめておきなさい。それでもし、何か失敗したら、生まれてきたことを後悔させてあげるから」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ、舞花!! 私にすごんだって、事態は解決しないのよ?」
自分の低脳を開き直って、あたしに説教するつもり? この馬鹿は。
気持ちが暗く淀み、それが喉を通じて声へと宿る。
「黙りなさい、この無能。どさくさにまぎれて、どこまで調子に乗れば気が済むの? あたしの代わりにおにいちゃんの隣にいようなんて、厚かましいにもほどがあるわ。いい? 分かっていないようだから、もう一度教えてあげる。おにいちゃんの身の回りのお世話をしていいのは、あたしだけ。あんたなんかに、そんな大役を任せられるわけないじゃない。おにいちゃんに何かあったときには、あんたの命程度じゃ償えないのよ?」
一息に言葉を吐き出して、返事を待つ。
これでも、まだふざけた事を言うなら、その存在を消してやる。
「一分以内に回収させるから、男たちはその場に放置しておいて。また連絡するわ」
一方的に会話を終わらせ、小さなノイズの後に通信が途切れる。
逃げたわね。少し、躾(しつけ)をしないといけないわ。
立場ってものを分からせないと、どんどん調子に乗るんだから。
「………」
苛立ちを吐息にのせて、ゆっくりと吐き出す。
こんなときは、早く家に帰ろう。
おにいちゃんの寝顔を見れば、嫌な気持ちも、きっとすぐに忘れられる。
門の前で命令(コード)を叩きこみ、全ての警備を解除する。
履歴(ログ)を見ても接近者はゼロ、おにいちゃんも、もちろん気づいていない。
「よかったぁ…」
今日も、おにいちゃんを悪の手から守れた。
目深(まぶか)に被っていた赤い帽子を脱いで、胸に抱く。
こうして深呼吸をしていると、戦いの疲れも溶けて消えていくみたいだ。
「ただいま」
音を立てないように我が家へと入り、玄関においてある鏡で、身だしなみをチェックする。
うん、家を出たときのまま、これなら大丈夫だ。
硝煙の香りすら消せる特製の消臭剤を使って、まだ身体にこびり付いてる悪臭を消す。
その上から、いつも使っているお気に入りの香水を、きつくなりすぎないようにつける。
これでよし、と。
「そうだ。このまま、おにいちゃんのベッドにもぐりこんじゃおうかな」
もう、今日は敵も来ないだろう。
もし、来たら、そのときは…。
おにいちゃんの部屋のドアを開け、笑顔の奥に残酷な想像をしまいこむ。
そのときは、あたしの愛の深さを教えてあげるだけだ。
05.休息する妹
あれから、三日後の午後一時。
おにいちゃんとの昼食を終えて、自分の部屋へと戻る。
せっかくの土曜日で、おにいちゃんとずっといられるのに。
あんな生きている価値もない連中の事後経過を聞かなきゃいけないなんて、最悪な気分だ。
「ったくもう」
遮光性と消音性に特化したカーテンを閉めて、部屋と外界を遮断する。
苛立ちのままにモニターの電源ボタンを乱暴に押して、その正面に立った。
悠長に座ってたら、どうせ、また話が長くなるんだから。
「忙しいところ、ごめんなさい」
頭を下げた拍子に、重そうに見えるほど真っ黒な髪が、くたびれた白衣の上へばさりと広がる。
ほんっとに、うっとうしいわね、こいつの長髪。
おにいちゃんに、たった一度だけ褒められただけのくせに、調子に乗りすぎなのよ。
「くだらない前置きはいいから、さっさと終わらせてよね」
「そんな風に言わなくたっていいじゃない。にしても……相変わらず、すさまじい部屋ね」
前髪とメガネで隠された陰気な目は、変なところまで、よく見ている。
しかも、おにいちゃんを見たり、おにいちゃんのことを話すときだけ、特別な熱を宿す。
そんな目で、あたしのおにいちゃんを見ようとしていること自体が罪なんだって、この女はいつになったら学習するんだろう。
「誰に許可取ってるわけ? 勝手に見るんじゃないわよ」
あたしの周り、汚れ一つない二面の白壁には、おにいちゃんの動画と静止画が、それぞれ投影されている。
隣にいるのに会えないなんていう、ふざけた状況からあたしを慰めるために、フル稼動中だ。
市販の家電では、絶対に真似できない、超高画質。
これだけでも、一般家庭用の電源なら即ブレーカーが落ちているほどの高負荷だ。
秘蔵コレクションも含めて、何十万とある画像の中からあたしが厳選したものだ。
この部屋にあるのは、言うならば、あたしにしか作れない愛と奇跡の結晶だ。
ここなら、いつの時代のおにいちゃんとも会える。
天井は、いくつもの拡大ポスターが埋め尽くされて、元の色は見えない。
家具のそこかしこには、射的屋の的みたいに乱立してる写真立ての数々。
飾ってあるのは、おにいちゃんと一緒にとったお気に入りたちだ。
三百六十度、どこを見ても必ずおにいちゃんが目に入るように、あたしが緻密な計算をしたんだから。
完璧なまでに徹底したおにいちゃん一色の部屋に、抜かりはない。
あたしにとって、これ以上に居心地のいい場所があるとしたら、この世でただ一つ、おにいちゃんの部屋ぐらいだ。
おにいちゃんによる完全包囲。
これで一日に一回、一網打尽にされないと、あたしの心は満たされない。
「本当に、あの方以外に興味がないのね」
「当たり前でしょ?」
「今度、ぬいぐるみでもあげましょうか?」
「ゴミなんていらないわ。いいから、さっさと報告しなさいよ。おにいちゃんとあたしの時間を使ってるのよ? 分かってるの?」
これが終わったら、おにいちゃんの部屋の掃除をするんだから。
隅々まで徹底的に磨いて、ホコリ一つだって残さない。
綺麗にしたら、おにいちゃんに喜んでもらえるし、もしかしたら、褒めてもらえるかもしれない。
それが済んだら、おにいちゃんと一緒に少しだけお昼寝して、おにいちゃんの夕飯も用意しないといけない。
せっかくの休日、予定はもちろん、おにいちゃんで目白押しだ。
こんな無益なブリーフィングに使う時間なんて、一秒でも惜しい。
「で、あの三人を使って、実験は進展したの? してないの?」
「それは…」
千草が、口を閉ざしてうつむく。その肩が、小刻みに揺れていた。
「本当に、使えないわね」
いつまで経っても、進展なし。どれだけ待たせれば、気が済むのかしら。
「じゃあ、馬鹿女の始末は? 当然終わったんでしょうね?」
「それが…」
あたしの問いかけに、またも口ごもる。
せっかく話題を変えてあげたっていうのに、救いようがないわね。
「まだなの?」
声に苛立ちが混ざってしまう。
おにいちゃんを馬鹿にした奴を野放しにしておくなんて、絶対に許せない。
「殲滅部隊を送り込んだけど、苦戦を強いられて…」
「返り討ちにあったわけ? どいつもこいつも、本当に役立たずね」
あんなテンションだけで生きてるような女に後れを取るなんて、恥さらしもいいところだ。
「おにいちゃんに仕えさせて頂く身分なんだから、もっと、自覚と責任を持ちなさいよ、まったく」
上司として、もう少し真面目に部下たちを鍛えたほうがいいかもしれない。
おにいちゃんのために日々精進するのが当たり前なのに、こいつらには、それが全然足りてない。
「それで、お願いがあるのだけれど…」
「お願い?」
先を促してほしそうに言葉を途切れさせるから、いやいやだけど、オウム返しに聞いてやる。
手短にって言ってるのに、人の話を聞いてないんだから、まったく。
「施設への突入に手を貸して欲しいの。舞花の戦力なら、あの程度の組織なんて、たやすく…」
「馬鹿を言わないで。あたしは、おにいちゃんから離れるつもりはないわ」
あたしの時間は、全て、おにいちゃんのためだけにある。
あんな馬鹿のために使う時間は、本当に一秒だってない。
「あの程度とか見下してるなら、千草、あんたが直接行きなさいよ」
「冗談は、やめてちょうだい。私の専門は、後方支援なのよ? 多少の援護はできても、舞花のように先陣を切って戦えないの。私に戦闘機能が備わっていないのは、あなたも知っているでしょう?」
そんなこと、言われなくても分かっている。
この女に出来ることは、情報の収集と操作、他には、実働部隊の支援と後処理がせいぜいだろう。
銃器も満足に扱えないし、格闘術なんて、どれだけ時間をかけても身に付かなかった。
前回の襲撃者(たしか、三匹の子豚とかいってたっけ?)とやらせても、たぶん、一対一でも厳しいくらいだ。
「だったら、自慢の頭をもう少し働かせなさいよ。あたしがおにいちゃんのそばを離れるわけないでしょう?」
危険の芽を摘みに行くのに、一番守りたいものを手薄にするなんて、馬鹿のやることだ。
陽動や罠だったら、それこそ取り返しがつかなくなる。
「じゃあ、どうすれば……」
「全力を挙げて倒しなさい。結果を待ってるわ」
「あ、ちょっと…」
通信終了、もう聞こえない。さて、つまらない仕事の時間は終わり。
これから、楽しい楽しい、おにいちゃんとの時間だ。
05.震える妹
「毎日毎日、いい加減にしなさいよ」
動かない敵を足蹴にして、ため息をつく。
この数日間で、こういう馬鹿どもを踏みつけた数は、同級生の数を楽に超える。
何度痛めつけても、翌日には違う刺客が送られてくるから、うっとうしくてしょうがない。
「誰がどうみても、あんたの負けは明らかでしょ? さっさと手を引きなさい」
「どうしようと私の自由ですわ。挑戦を続ける限り、私の負けは確定しませんもの」
これだから、馬鹿は救えない。
結果が決まっている対局を繰り返させられる、こっちの身にもなってみなさいよ。
しかも、今日はおにいちゃんとの晩御飯まで邪魔された。
そんな馬鹿は、八つ裂きにしてもまだ足りない。
「こそこそ裏で指示出してないで、あんたが乗り込んで来なさいよ。そうしたら、あたしが直々に殺してあげるから」
「あら、それなら貴女が直接いらしてくださいな。何度も招待状を差し上げてるでしょう? お茶菓子の用意も、万全ですわよ」
今すぐにでも、あたしが直接乗り込んで、自慢の秘密基地を壊滅させてやりたい。
悲鳴を上げて逃げ惑うこいつに、忘れられない痛みと苦しみを刻み込んで、殺してやりたい。
それを想像だけに留めて、頭を冷やす。
これは、あたしとおにいちゃんを引き離すための、見え透いた罠。
そんな安い挑発に、誰が引っ掛かるもんか。
「そんな顔をされるのは心外ですわね。毎日のように人体実験の被験者を差し上げているんですから。感謝されるならまだしも、文句を言われる筋合いはありませんわ」
「!」
顔に出てしまった驚きを、あわてて消す。
ここを襲撃した馬鹿たちの末路を、こいつは、知っている?
「その様子だと、進捗は思わしくないようですわね」
あたしの出来の悪さをなげくように、わざとらしく聞こえるようなため息をついた。
この女、あたしたちがやっている実験のことを知っている。
どこまでつかんでるの? 探りを入れているだけ? それとも……。
「そうねえ。あなたの国で、一番誠意のある頼み方をすれば、手伝ってあげてもよろしくてよ?」
「? 誠意のある頼み方?」
「そう、地面にはいつくばって、自らの愚かさを恥じて、私に助けを請うのよ。人間にも服従のポーズがあるなんて、奴隷国家は考えることが違いますわね」
土下座のこと? よくもまあ、人の国のそんな文化を知っているものだ。
「猫の手は借りても、馬鹿の手は借りないわ」
「あら、残念」
まるで感情をこめずに、そう言い放つ。
これで、今日の馬鹿騒ぎもおしまいだろう。明日は、どんな刺客が来ることやら。
「交渉決裂なら、この茶番劇もこれで閉幕ですわね」
いつもなら途切れるはずの通信が、今日は、切れない。
あたしが返す皮肉を考えている間に、言葉が続いた。
「あなたほどの有能な戦士でも感覚が狂ってしまうなんて、慣れとは、本当に恐ろしいものですわね。最新の注意を払っているつもりでも、どこかで、必ず緩みが生じてしまう」
いつも以上の持って回った喋り方、そして、含みのある楽しそうな声音に、あたしの背筋が凍る。
言葉の意味を、必死で考える。
結論が出る前に、我が家へと向けて走りだしていた。
あたしの直感が告げている。おにいちゃんが、危ない。
「たしかに、あなたを我が基地へ招待することは、できませんでした。しかし、あなたの領域(テリトリー)は、この数日で、ほんのわずかに広がりましたわ。最初は、家の付近で待ち伏せをしていたのに、いつの間にか迎撃へ変わり、今日などは、私の駒が接近する前に、攻撃を仕掛けている。時間と損害を評価するなら、見事なものですわ。特殊部隊としてなら誇るべきことですが、番犬としてはお粗末ね」
女が得意げに講釈を垂れ流す。
悔しいけど、あいつの言うとおりだ。
早く片付けたい一心で、雑魚を相手に単調な攻めをしてしまった。
おにいちゃん、おにいちゃん、おにいちゃん、おにいちゃん、おにいちゃん。
どうか、無事でいて。
何度も、心の中で、おにいちゃんに呼びかける。
だけど、嫌な予感は膨れ上がるばかりだ。
「くっ…」
歯噛みして、腕時計に命令(コード)を叩き込む。
家を出発したときは、確かに反応していた罠たちが、今はあたしの指示を受け付けない。
「あなたの家の防衛設備(セキュリティー)も、なかなかに堅牢でしたわ。突破するのは、この私でも苦労しましたもの。あなたが全幅の信頼を寄せるだけのことはありますわね。でも、私の目の前で何度も起動させてくれた、その迂闊(うかつ)さに助けられましたわ。あなたに似た頑固者から、とても従順な、いい子に生まれ変わらせてあげることができましたもの」
うっとりと自分に陶酔した声を出して、長台詞を勝ち誇ったように吐きだす。
あたしの対人兵器が壊された? いえ、奴の話を真に受けるなら、奪われてるかもしれない。
どっちにせよ、こんなちっぽけな端末一つじゃ、どうにもできない。
モードを通信に切り替えて、口元へと寄せた。
「千草! 状況は!?」
「奴の言うとおりよ。あの家の設備は、全て奪われているわ」
絞り出すように苦しげな声で、千草が告げる。
その後ろでは、ひっきりなしにキーボードを叩く音が響いていた。
「制御を取り戻すのに必要な時間は?」
「あと、五分もあれば……」
「遅すぎるわっ!!」
通信機に向かって、思いっきり怒鳴りつける。
何を悠長なことを言ってるんだろう、この無能は。
おにいちゃんが危ないっていうのに、三百秒なんて、待てるわけがない。
「最速で対応しなさい。あたしの到着に間に合わなければ、強行突破するわ」
「そんなっ! 無茶よっ!」
「分かってるなら、あたしが到着したら電源を落とせるようにしなさい」
「舞花っ!!」
「うるさいっ!! 急ぎなさいよっ!!!」
あの庭を一から組み上げたのは、あたしだ。
どれほど手のつけられない仕掛けなのか、熟知している。
十重二十重に敷き詰められた罠には、抜け穴なんて存在しない。
でも、行くしかない。
速度を殺しきれなくて、壁を蹴って強引に曲がる。
家に着くまでの数十秒じゃ、対策なんて思いつくはずがなかった。
見慣れた門を抜け、庭の隅にある茂みへと飛び込む。
直後に、あたしの通った軌跡を描くように、銃弾が地面へと埋め込まれた。
「くっ…」
塀沿いにある半歩分が、最後の安全地帯。
後一歩でも踏み出せば、私の命は消し飛ぶ。
ここから先は、どんな道を選んでも、途中から地獄への一本道に合流している。
正面、裏口、横、どこを通っても、家に届くまでにこの世から消え去るだろう。
まるで、付け入る隙なんてない。
だからこそ、安心しておにいちゃんを任せていたのに。
「舞花、聞いて」
腕時計から入った通信に、耳を傾ける。
「なに?」
「システムを沈黙させるのは、時間が掛かりすぎてしまう。でも、高火力(メイン)以外なら、三十秒間落とせるわ」
高火力(メイン)は、動きが止まったところを狙う、一撃必殺の光学兵器。
低火力(サブ)は、逃げ場をなくすために、ばら撒かれる弾丸。
その他にも、接触式、感応式の罠が、この庭には、ひしめいている。
高火力(メイン)以外を止めたとしても、侵入者を殺すには、十分すぎる装備だ。
「それでいいわ、やって」
「了解。カウントダウンするから、あわせて」
読み上げられていく数値を聞きながら、全神経を研ぎ澄ませる。
失敗すれば、次は介入ができなくなる。
ゼロと同時に、茂みから飛び出した。
歩幅を小さくして、小刻みに角度を変える。
時間を計り、距離を測り、タイミングを計る。
私のすぐ横を通り抜けていく、死の光。一つでも間違えば、そこでおしまいだ。
数瞬でも身動きが取れなくなれば、後は掃射されて死ぬだけ。
誰であろうと生きていられない、それだけは、あたしが保証してもいい。
命綱さえ用意されない、分の悪い綱渡り。だけど、恐怖なんて微塵もない。
おにいちゃんのためなら、どんなことだって恐くない。
近づくにつれて射線が増え、攻撃は激しさを増す。
全ての感覚を総動員し、反射神経に全てを預ける。
止め処なく降り注ぐ雨のような攻撃の中を、ひたすらおにいちゃん目指して、突き進んだ。
手入れの行き届いていた庭をほとんど壊滅状態にして、どうにか玄関へとたどり着く。
ドアを開けようとしたら、パスコードの入力を求められた。
一時間前に生成された二十五桁の数字を三秒で叩き込み、転がり込むように中へ入る。
おにいちゃん、おにいちゃん、おにいちゃん、おにいちゃん。
「?」
中は、私が出て行ったときのまま、誰かが侵入した形跡も、荒らされた跡もない。
靴も脱がずに玄関をあがり、五秒で廊下を抜けた。
おにいちゃん、おにいちゃん、おにいちゃん、おにいちゃん、おにいちゃん。
ノックもせずにドアノブを握り締め、力任せにこじ開ける。
鍵と一緒に蝶番(ちょうつがい)まで壊れ、破片が床へ落ちた。
「!」
思わず、身体から力が抜ける。
床に膝をついて、見開いた目に信じられない光景を映す。
部屋の真ん中だけが、ぽっかりと空いていた。
そこにあるべきはずの、一番大切なものがない。
何度も私と一緒に寝てくれた、最高に寝心地のいいあのベッドが。
そして、そこで寝ているはずの、おにいちゃんの姿が。
どこを探しても、ない。
「あ…ああ…」
おにいちゃんが、おにいちゃんが、おにいちゃんが、おにいちゃんが…。
さらわれた? 私の目の前で?
なんて…こと。
なんて、ことを…。
あの女は、なんてことをしてくれたんだ。
絶叫したいのに、苦しくて、声も満足に出せない。
許せないとか、許さないとか、もう、そんな次元ではない。
ダメだ、もうダメなんだ。
お兄ちゃんが、この瞬間にも私から離れていくという事実が…。
あの女が、今も楽しそうに微笑んでいるだろうというその事実が…。
あたしを、骨の髄まで狂わせる。
「あ…の…女……」
どんなことをしても、消し去る、全て、跡形もなく…だ。
隣にある自分の部屋に駆け込み、全ての機材を起動させる。
ディスプレイ上に地図を広げて、探査を開始する。
現在地を中心に小さな円が表示され、それが数秒ごとに波紋のように広がっていく。
輪の中におにいちゃんが入れば、つけてある発信機が反応してくれるはずだ。
もどかしいけど、後は、結果が出るまで待つしかない。
待っている間に違う端末を使って、乗っ取られていた我が家のシステムへとアクセスし、履歴(ログ)に目を通す。
本体にあったのは、綺麗に消去されていたけど、バックアップは残っていた。
そこに書き連ねられた内容から、敵の動きを把握していく。
あたしが家を出た直後に制御を奪われ、敵の侵入を許している。
奴らが家の中にいた時間は、二分にも満たない。
今日のあたしの行動と照らし合わせると、接敵(エンカウント)よりも前に、おにいちゃんを奪われたことになる。
毎晩送られてきた、ふざけた刺客たちとは、比べ物にならない練度の高さだ。
状況の把握は、もういい。
それよりも、ここの制御を奪われたときのアクセス元を調べる。
きっと、あの女はそこにいるだろうし、おにいちゃんが向かわされている先も同じはずだ。
厚化粧のように丁寧な偽装をして、自分の居場所を察知されないように、巧妙に隠している。
わずかな綻(ほころ)びを探しては、それにあった方法で解析。
その地味な作業を、ひたすら繰り返した。
06.怒れる妹
「敵の本拠地を見つけたわ」
千草の言葉とともに、画面いっぱいに開いていた地図の一箇所が点滅する。
海を隔て、遠く離れた小さな島の中心。ここにあの女がいるってことだ。
「遅すぎるわ!! それに、敵なんてどうでもいいのよ!!」
何を優先すべきなのかさえ、分からないなんて、本当にどうしようもない。
出来損ないだとは思っていたけど、まさか、ここまで使えないなんて。
「おにいちゃんは!? おにいちゃんは、どこ!?」
「そうよ。そうなのよ。誰であろうと、私の目から逃れられるわけがない。どこにいたって、私の目だけは誤魔化せない。あの方を連れて逃げるなんて大罪を、私が許すわけがない」
…ったく、わたしの声は、聞こえてないわね。
現在地と点滅箇所が画面の両端に配置され、不要な部分が消えて、縮尺が調整される。
ここからの円の探査を続けたままで、二点を繋ぐ直線の探査を、並列で開始する。
今までに探査を続けた範囲と被らせないために、奴らの側からだ。
もどかしい。
機材を壊さずに、この数十秒を待つことさえ、今のわたしには困難だ。
でも、今は我慢。
全ては、おにいちゃんのため。
「っ!!」
開始して数十秒で、画面に緑色の光が灯る。
海上を滑るようにして、現在地から離れている点は、ちょうど、相手の島との中間に差し掛かろうとしていた。
間違いない、おにいちゃんだ。
「はぁ…」
思わず、息をついてしまう。
良かった。表示されたのが緑色で、本当に良かった。
少なくとも、おにいちゃんは、怪我をしていない。
もし、おにいちゃんに何かあったら、黄色に変わっているはずだから。
そして、考えたくもないけれど、もしも、表示された色が赤だったなら…。
そのときは、この世界を誰も住めないようにしてやらなきゃいけないところだった。
あの女が、あの女に関わった全ての人間が、どんなに逃げ隠れしても無駄なように、地球ごと破壊してやらなきゃいけない。
それに、おにいちゃんのいない世界なんて、残っている価値もないのだから、。
「移動手段は、確保できてるんでしょうね?」
「この事態が起こった時点で、もう手配は済ませてあるわ。もう数分もしないから、待っててちょうだい」
また、待ち…か。こうしている間にも、私の頭は、怒りに焼き切れていく。
こんなに濃厚な憎しみは、本当に久しぶりだ。
本当に私を敵にまわしてくれたあの女にだけは、私の特別をくれてやらないといけない。
不可侵を破った者、聖域を侵(おか)した者、それが、どれだけ悲惨な死を迎えるのか、教えてやらなければ、気が済まない。
「にしても、本当に底意地が悪い女ね。千草が相手にしていた施設とは、計ったように正反対ってわけ」
「そうね。あそこは別荘で、こっちが本宅らしいわ」
あっさりといろんな情報を取らせてくれたのは、こちらに教えても問題ないダミーだったから。
まんまと騙されていた、あたしたちのほうが馬鹿ってわけ。
やってくれる、本当にふざけた女だ。
「基地に逃げ帰られるまでの間に、こいつを止められる?」
「近隣に待機している部隊を動かすことはできるでしょうけど、その戦力では、相手を刺激するのが精一杯よ」
直接的な物言いじゃないのに、口調がやけにはっきりと、その作戦に賛成できないとを告げていた。
だけど、このまま基地に逃げ込まれたら、かなり厄介だ。
出張所でさえ手を焼いていたという話なのに、本拠地の攻略となれば、それ以上の時間が掛かるはず。
なんとかして、その前に取り押さえたい。
「本当に、どうにもならないの?」
「じゃあ、ハイジャックでもしろって言うの? 空中で奪回なんて危険な真似、できるわけないでしょう。あの方の安全が最優先、万が一も許されないわ」
「私に、優先順位で説教するつもり?」
おにいちゃんが最優先なんて、言われるまでもない。
でも、おにいちゃんがさらわれたのに、指をくわえて見ているしかないなんて。
「気持ちは分かるつもりよ。それでも今は、実現可能なことを考えましょう」
「そうね」
衛星写真で写された航空機に、人差し指を押し当てる。
せいぜい、最後の空の旅を楽しみなさい。
おにいちゃんを無事に降ろしてくれたら、垂直落下で海へ飛び込ませてあげる。
その機体ごと、航空機から潜水艦に降格させてやるわ。
「それじゃあ…」
続ける言葉を探しながら、思考を切り替える。
逃げるのを止められないなら、他にできる対応策なんて、先回りぐらいだ。
「あれより先に、私が基地へ到着できる?」
「あらゆる移動手段を考慮にいれて、試算したけれど……」
間をあけて、悲痛な息を漏らす。
見えていないのに、目元に涙が浮かんでる千草の顔が、いやにはっきりと想像できた。
「残念ながら、手持ちの機動力では、あれに追いつくことは不可能よ」
絶望に声を歪めて、必死に言葉を紡ぐ。
その言葉にめまいを感じながら、それでも聞き返さずにはいられない。
「どれぐらい、時間が空くの?」
「相手が到着してから最短で十五分、最大で一時間、あの方と接触する時間を許してしまう」
「くっ…」
自分の想像に耐え切れずに、倒れてしまいたくなる。
一時間もあれば、どんなことだって出来てしまう。
そうなれば、おにいちゃんは……。
爆発してしまいそうになる感情を、必死で抑え込む。
取っておくんだ。すべて、あの女をこの世から消すために、残しておくんだ。
「一秒でもいいから、縮めるしかないわね」
「ええ」
残る問題は、突入した後のことだ。
無事におにいちゃんを助け出すには、それ相応の武器がいる。
罪深き者を罰し、愚か者を裁き、邪魔者を殺める武器が。
「私の装備、用意してあるんでしょうね?」
家に常備してあるようなものじゃ、数も火力も全然足りない。
流通しているものなんて、武器の質としては論外だ。
粗悪な大量生産じゃ、私専用に調整(カスタマイズ)された武器の足元にも及ばない。
「当然。準備万端よ」
「よろしい」
私から、おにいちゃんを奪う。
これ以上の禁忌はないことを、あの女に思い知らせてやらないといけない。
そんなに死にたいなら自殺すればいいのに、どうして苦しんで死にたがるんだろう?
そこまで地獄を見たいなら、私が用意してあげる。
本物なんて及びもつかないほどの、地獄を。
「スプレッドの用意も出来てるんでしょうね?」
「え? スプレッドって、広域火力のことよね?」
通信機越しの声が、驚きで上擦る。
どうして驚いてるのか、あたしには理解できない。
おにいちゃんが危険にさらされているのに使わないで、何が最大火力だ。
「ほ、本気なの?」
「反論はいいわ、用意しなさい」
「でも、あの武器は、対建物…いえ、対小島レベルの重火器、いいえ、もはや、あれは爆弾よ!? 下手に扱えば、あの方もろとも…」
「二度言わせないで」
「……了解。門の前に車を回すわ。150秒以内に到着予定よ。だから、それまでの間に、あなたの想いを伝えてあげて」
画面に表示されたのは、『通信』の文字。
「それを押せば、あの女とつながるわ」
「了解」
ディスプレイに表示されたのは、成功を示す『接続完了』の文字。
ノイズ混じりだけれど、確かに音声はつながったみたいだ。
「聞こえる?」
電話と同じく相互通信の設定だから、相手の声は、私の耳に届くようになっている。
だけど、向こうからは、何の反応も返ってこなかった。
「ねえ? 聞こえてるでしょう? そんなに死にたかったなんて、知らなかったわ。気づいてあげられなくて、ごめんなさい。さっさと殺して欲しかったのに、死ねなかったのがつらかったんでしょ? だから、どれだけ死にたいのか、私に教えてくれたんでしょ? あなたの気持ちは、十分に分かったわ。もう、嫌というほどに」
言葉を区切り、息を吸い込む。
わたしの想いの全てを喉から吸い上げて、言葉に乗せる。
「安心しなさい、わたしが必ず殺してあげるから」
私が、この手で、冥府に送り届けてあげる。
必要なことだけを伝え、通信を終わらせる。
後は、乗り込むだけだ。どこへ逃げようと、絶対に逃がしはしない。
07.突入する妹
理論値に程近い速度で、自家用ヘリが夜空を切り裂く。
限界ギリギリ、酷使もいいところだ。
それでもいい。おにいちゃんのところまであたしを届けてくれれば、十分だ。
空が白み始めているけれど、夜明けには、まだわずかに時間がある。
「到着まで、残り600秒の予定よ」
「あれね」
何度も画像で見ていた建物を、肉眼で捉える。
病院のような、白に近いクリーム色の壁には、やっぱり窓が一つも見当たらない。
私は怪しいですと、喧伝しているようなものだ。
偽装(カムフラージュ)なんて、まるで無視しているわね。
排水路の出口を見るに、おそらく地下にも展開しているだろう。
やっぱり、侵入経路は正面しかないわね。
「本当に、援護はいらないの?」
「いらない。必要なら、その都度連絡するわ」
「でも、施設の大きさだって、前回の倍以上なのよ? あなたの腕を疑うつもりはないけれど…」
その後に続く不愉快な評価を聞かされる前に、言葉を遮る。
「規模なんて、関係ないわ。無駄に死体の山を増やしたくないなら、下がってなさい」
どんな大きさだろうと、全てが粉になるまで、叩き潰す。
おにいちゃん以外は、生きていようが、死んでいようが、無機物だろうが、全て壊してやる。
ひとかけらだって、この地上には形を残させない。
「了解、頼んだわよ」
うなずき返して、ぎゅっと拳を握る。
あたしの怒りに呼応するように、みしみしと骨が軋んだ。
「あと少しだから、待っていてね。おにいちゃん」
誓いを口にして、心を落ち着ける。
絶対に、どんな犠牲を払っても、おにいちゃんはあたしが助けだす。
ワイヤーを使って、ホバリング中のヘリから素早く地面に降り立つ。
あたしが離れたのを確認して、ワイヤーを巻き取るとヘリが高度を上げた。
数十メートル先には、普段ではお目にかかれないほどの大きなトンネルが、ぽっかりと口をあけていた。
これぐらいの幅と高さがあれば、大型車両どころか飛行機だって格納できそうだ。
フィン、フィン、フィン、フィン。
あたしの到着に気づいたのか、けたたましい警報が響く。
「第一級警戒態勢、繰り返す、第一級警戒態勢」
機械音声の男の声が、淡々と告げる。
数秒もせずに、塗装もされていない無骨な鉄の塊が、やけに高い天井から降りてきた。
あたしの見ている前で、奥から次々に隔壁が閉鎖されていく。
ずしゃんと重々しい音を立てて、一番手間の鉄壁が、わずかな隙間もなく接地した。
ここまでで十数秒、反応としては悪くない。
「ずいぶんな歓迎ね」
これっぽっちのちゃちな障害で、おにいちゃんとあたしの間を裂こうだなんて、甘すぎる。
こんな薄っぺらい鉄くずじゃ、時間稼ぎにさえならないことを、教えてあげなくちゃ。
「おにいちゃんを、返せ」
ブーツの底で、地面を蹴る。怒りで打ち震える拳を、ど真ん中へと叩き込んだ。
中央がくぼみ、放射上に亀裂が走る。まだ壊れないなんて、本当に邪魔だ。
「やあぁぁぁっ」
拳と寸分違わず同じ場所に、今度は渾身の蹴りを見舞う。
今度こそ突き破り、ぽっかりとあたしの足と同じ大きさの穴が出来た。
その穴へと指を突っ込んで、無理やり押し広げる。
五秒もせずに向こう側との通路を作り上げた。
「力任せに突破するなんて、まるで野獣ね」
スピーカーから響く、忘れたくても忘れられない声。
それが鼓膜を揺らすだけで、怒りが身体中を駆けめぐる。
身体中が火傷しそうなほどに熱い。
腸(はらわた)が煮えくり返る、まさに、そう表現するに相応しい状態だ。
生かしておくんじゃなかった。
害虫は、必ず駆除しなきゃいけなかったのに、それを怠ったなんて、私は本当に馬鹿だ。
同じ失態は、二度としない。
この施設の中にいる奴は、一人だって逃がしはしない。
徹底的に、消してやる。
「いくら人間離れという言葉を使っても、素手で鋼鉄を引き裂ける理由にはならないわね。本性を見せてくれて嬉しいわ。改造人間、妹レッドベレー」
「待たせたわね。約束どおり、すぐに殺してあげるから安心して」
「そんな口を利いていいのかしら? あなたの大事な大事なお兄様の命は、私が預かっているのよ?」
実に楽しげな口調で、嗜虐的な言葉を吐く。
今は、好きに言わせておくしかない。この女とは、きっと、会話をしても無駄だ。
売り言葉に買い言葉なんて安っぽい理由で、わざわざ連れ去った人を殺したりしない。
逆に言えば、こっちがどんなに同情を求めても、不必要になればゴミのように捨てるだろう。
感情に流されて、自分の意思を変えたりしない。
その思考回路は、どことなくあたしに似ている気がする。
「さてと」
一言で気持ちを切り替えて、くだらない思考を追い出す。
あんな奴の分析なんて、今はどうでもいい。
今は、おにいちゃんを取り返すことだけに、心血を注ぐべきだ。
目指すは、次の壁。
「?」
同じように拳を当てると、壁の中に私の二の腕までずっぽりと埋もれる。
材質が違うのか、さっきと比べるとずいぶん柔らかい。
粘土のように衝撃を受け流せるタイプみたいだ。
それに、さっきと手応えも違うし、もしかしたら、前のより分厚いのかもしれない。
「ふふっ、そう次々と突破されては、私の立場がないですわ。なにより、同じ壁では芸がないでしょう?」
まるで、自分の作品を自慢する芸術家のような台詞。
まあ、こいつにとっては、似たようなものなのかもしれない。
まったく、勘違いもいいところだ。
「こんなもので、あたしは止められない」
腰に巻いたベルトから、刃渡りが私の太ももほどもある、大きめのナイフを抜き放つ。
腰だめにかまえて全体重をかけ、奥深くまで一気に突きこんだ。
最深部に到達したら手首を返して、思いっきり壁をえぐり取る。
それでも、同じ色の壁が続いているだけで、向こう側の景色は見えない。
「無駄ですわ。そんなちっぽけな刃では、半分がやっとでしょう」
「半分も行けば、十分よ」
これだけで、どうにかできるなんて、そんな馬鹿なことは思ってない。
手榴弾を取り出してピンを抜き、さっき作った小さな傷へと放り投げる。
少しだけ距離を取って聴覚を遮断し、右手で帽子を、左腕で顔を庇って衝撃に備えた。
空気が振動を伝え、びりびりと頬を叩く。
目を凝らして、破片の動きに注意し続けた。
「…ふぅ」
なびいていた髪がおさまったのを見計らって、止めていた息を吐き出し、聴覚を戻す。
逃げ場のない場所で反響した音の余韻が、いまだに残っている。
憎たらしい壁には、私が立ったまま通れるぐらいの大きさの穴が、ぽっかりと空いていた。
「見事なお手並みですわね」
「言ったでしょう? 止められないって」
自力で作り上げた道を、走って通り抜ける。
こんなところで、もたもたしていられない。
一刻も早く、おにいちゃんの元へ行かなきゃいけないんだから。
ちょうど十枚の壁を越えたところで、がらりと景色が変わる。
今まで一直線だった通路が、緩やかな右へのカーブを描いている。
そして、今までは五十メートル程度だった次の隔壁までの距離が、今度は目測で一キロほど。
広大な床には、何一つ置かれていなかった。
それでも、ただ広いだけで通してくれるとは思えない。
通信機を起動させる。
「罠は?」
「こちらでは、感知していないわ」
あるかどうかも分からない罠のために、時間はかけられない。
だったら、どうするか? 答えは簡単だ。
「罠が作動する前に、通過すればいい」
意識を足へ向けて、限界(リミット)を解除する。
普段とはまるで比べ物にならない脚力が、あたしを音速の域へ近づけてくれる。
わき目も振らずに一キロを五秒ちょっとで駆け抜け、その勢いのままに壁をぶち破った。
その次に待つのは、左への緩やかなカーブ。
それを抜けたら今度は右と左へのヘアピンカーブ。
一本道なのに、蛇のようにくねらせてあって、距離と時間を稼がれている。
分岐がないから従うしかないけれど、この道が正解の保証もない。
焦りを足に込めて、全力で地面を蹴る。
ともかく、今は前へ急ぐんだ。
五枚目の隔壁を突き破ると、景色が変わった。
さっきまで何もなかった床に、直径一メートル、長さ三メートルぐらいの円柱が林立している。
別に何を支えているんでもないんだから、柱というよりは土管かな?
規則性も何もなく並んでいて、使い道があるようには見えない。
もしかして、あれが罠?
「! 本当に典型的ね」
思わず、愚痴も言いたくなる。
問題の鉄柱は、あたしが差し掛かる直前に絶妙のタイミングで床へ広がり、進路を塞いできた。
迂回をしたらその先を、あたしの行く手を妨げるように、次々と倒れていく。
右へ左へ、柱の間を縫うように、ジグザグに走り抜けた。
「見事なスラロームですわね。でも、これはどうかしら?」
声が途切れると同時に、まだ距離のある場所に立っていた柱が横倒しになる。
すると、そのすぐ後ろで爆発が起こり、こちらへと加速して転がってきた。
次々と発射される柱は、まるで津波のように押し寄せる。
土管は途切れているから、足を使えば通れなくはない。
だけど、数が多いし一本ずつの間隔も狭い、避け切れなければ、押しつぶされる。
正面から押し返すこともできるだろうけど、全部相手にしていたら、キリがない。
「しょうがないわね」
足を止め、つま先で二回ほど地面をついて、具合を確かめる。
先頭の一本に狙いを定めて、精神を集中するために、呼吸を整える。
「ふっ!」
大きく三歩で助走をつけ、最後の踏み切りで、思いきり身体を沈める。
もちろん、帽子に手を添えるのも忘れない。
ギリギリまで転がる土管を引き付けてから、膝のバネを使って大きく飛んだ。
転がる鉄柱たちを眼下に収めて、空を滑る。
何の邪魔も入ることなく、次の壁へと急接近。
その材質が、強化コンクリートなことは分かってる。
あれぐらいの強度なら、一撃で十分だ。
「ふぅぅっ」
呼吸を意識して、力を足へと蓄える。
姿勢を崩さないように、降ろしていた右足を抱えこむ。
接触の瞬間に、渾身の力を込めて、蹴りこんだ。
「はぁっ!」
ピシピシと音を立ててひび割れが広がり、それがついに端まで届く。
足を引き抜いて地面に降り立つと、ジグソーパズルのように、ばらばらと落ちてきた。
これじゃあ、まるで、空手の瓦割りね。
「まったく、素晴らしい脚力だわ。どんな大排気量の機体でも、あなたの足には遠く及ばない。二輪を超える加速と小回り、四輪を凌ぐトルクとスピード。いったい、どんな魔法を使っているのかしら? 機動性を重視しているわけでもないのに、足まわりだけでも驚くほどの高性能。同じように贅をつくし、技術の粋を結集しても、それほどの力は出せないでしょうね」
スピーカーを通して、熱の入った嬉しそうな声が響く。
テンションがあがると饒舌になるのは、癖みたいね。
そうやって、笑っていればいい。すぐに、その笑顔も粉砕してやる。
08.思い出す妹
もう何枚壊したか分からない壁を抜けて、足を止める。
通路が、左右に分かれている。ここに入って、初めての分岐だ。
周囲を見渡しても、特にヒントになるような情報は何もない。
案内板や標識があるなんて、都合が良すぎるか。右と左、どっちが正解だろう?
もしかしたら、どっちも罠で、正解なんてないかもしれない。
選択するには、判断材料が少なすぎる。
ここであたしが選ぶなら、勘に頼るしかない。
「そっちから、何か分かる?」
数秒の間をあけて、腕時計が答えた。
「左側に、生体反応を関知しているわ」
「そう。ようやく機械仕掛けじゃなくて、人間様が相手をしてくれるのね?」
ここまで、誰一人として人間は見ていない。
うまくいけば、ここの情報を引き出せるかもしれない。
「いえ、それが……」
「何? まさか、動物なの?」
だとしたら、かなり厄介だ。訓練された猛獣なんかは、人間よりも遥かに手ごわい。
「いいえ、生体反応は、人間の物で間違いないわ。だけど、反応はたった一人、しかも横になっているの」
一人? 横になっている?
言葉の意味が分からずに、単語を頭の中で繰り返す。
たった一人で、あたしに勝てるつもり? それとも、あたしを油断させるため?
横になっているって、目的は迎撃じゃないの?
考えたところで、疑問が大きく膨れ上がるだけで、何一つ分からない。
「もう少し、詳しく分からないの?」
「たぶん、ベッドか何かで寝ていると思うわ。しかし、これは…まさか、そんな…」
「一人で納得してないで、あたしにも分かるように説明しなさい」
そんな独り言だけじゃ、何も分かりゃしない。
まったく、これだから無能は……。
「ならば、私が説明してさしあげますわ。それを聞けば、あなたは左の部屋を選ぶしかなくなるのですから」
あたしたちの会話に、スピーカーで割って入る。
どうしても、あたしに右の部屋に入って欲しいみたいね。
「これで、右が罠であることは決まったわね。左に行くわ」
「その可能性は高いでしょうけど、でも……右にいるのは、もしかしたら、あの方かもしれないわ」
「おにいちゃんが!?」
おにいちゃんが、あの壁の向こうに!?
「私を無視するとは、本当にいい度胸ですわね。せっかく、あなたの愛しいお兄様を返そうというのに」
返す? おにいちゃんを? どういうこと?
混乱しているあたしのことなんかおかまいなしで、話は次へと進んでいく。
「これ以上、この施設を壊されてはたまりませんもの」
呆れたようにつぶやいて、右の隔壁が上昇していく。
私が通れるぐらいの高さまであがって、隔壁が止まった。
「さあ、さっさと連れて帰りなさい」
部屋の中央には、ベッドがぽつんと置いてある。
大きなベッドの真ん中で、誰かが横たわっていた。
「…!」
あたしと同じ色の髪。あたしが選んだパジャマ。
あたしの部屋にもある、おそろいの毛布。
「?」
思わず駆け出そうとしていた足が、止まってしまう。
「違う」
際限なく湧き上がる、おにいちゃんへの気持ちが出てこない。
全身の温度があがってしまうような、不思議な高揚感が、まるでない。
あたしの本能が告げている。
これは、おにいちゃんじゃない。
じっと目を凝らして、違和感は、確信へ変わった。
「ほら、どうしたの? 感動の再開でしょう?」
わざとらしい言葉に、あたしの苛立ちが頂点に達する。
怒りを数値化できるなら、絶対に、この世の誰よりも今のあたしが上だ。
このあたしに、おにいちゃんの偽者を見せて騙そうとするなんて、絶対に許されることじゃない。
全身の血管がぶちんと音を立てて、一斉に切れてしまうぐらいの、どうしようもない憤り。
狂ってしまいそうになりながら、その場で銃を抜き、引き金に指をかけた。
「死ね」
全弾命中し、標的から盛大に血が噴き出す。
無様にベッドから転がり落ちたそれは、地面に倒れ伏して、ぴくりとも動かない。
全弾を打ちつくした銃が、カチカチと渇いた音を立てる。
足りない、全然足りない。
時間があるなら、固形じゃなくなるまで、磨(す)り潰してやりたい。
「なんてことをするんですの? せっかく人質を返したというのに」
うまく噛み殺せずに、クスクスと笑いを漏らしている。
あたしの反応を見世物にして楽しんでいるなんて、本当になんてクズだろう。
この世から消すだけじゃ、制裁は足りないかもしれない。
「私を、試したわけ?」
掠れる声で、ようやくそれだけをつぶやく。
おにいちゃんと同じ服。
おにいちゃんと同じぐらいの背格好。
おにいちゃんと同じ髪型で、同じ髪の色。
足の大きさや手の指の長さ、似ているところを挙げたら、キリがない。
だけど、それだけだ。
類似点はたくさんあるけど、本物とは違う。
おにいちゃんには、何もかもが、まるで及ばない。
ピースを抜かれたパズルみたいに、足りないところだらけだ。
「分からないと思った? このあたしが、おにいちゃんを間違えると思ったの!?」
「いいえ、見破られるのは計算の内ですわ。ですが、いったい何が不満なのです? あなたの大事な大事なお兄様は、三年以上も意識不明の昏睡状態のまま、今日まで目を覚ましていない。あなたが壊した木偶人形と何の違いもないで…」
無意識の内にマガジンを入れ替え、声のほうへ発砲していた。
小さな爆発の後に、ぷっつりと声が途切れる。
どうやら、迷彩で隠されていたスピーカーに、ちゃんと当たったみたいだ。
「あらあら、本当のことを言っただけで、そんなに怒るなんて」
どこまでも人を小馬鹿にした声が、さっきと違う角度から響いてきた。
わざわざ、別のスピーカーに切り替えてきたのか。
こんな枝葉の機材をいくら壊したところで、相手は痛くもかゆくもない。
やるなら、根こそぎ本体を焼き尽くしてやらないとダメだ。
ここまでのことをしたんだ。
およそ、考えられるあらゆる最悪を、この女は実現してくれた。
そのお礼だけは、たっぷりと返してやらなきゃいけない。
「あたしが到着するまで、残りわずかな余生を存分に楽しみなさい」
左の隔壁をぶち破ると、奥へと通路が続いている。
どこまで続いていようと関係ない。必ず見つけだして、殺してやる。
走るあたしに、女が話しかけてくる。
「私が差し向けた襲撃者たちを殺さなかったのも、お兄様の意識を取り戻すために、人体実験をしているからなのでしょう?」
なんでもかんでも、全部お見通しってわけね。
だったら、いまさら隠してもしょうがない。
「そのとおりよ。ずいぶん調べたのね、あたしたちのこと」
「ええ、徹底的に調べさせて頂きましたわ。もちろん、五年前にあなたが交通事故に巻き込まれたこともね。記録的な大事故だったのでしょう? あなたの両親は亡くなり、あなたも死の淵をたゆたっていた。話では、四肢どころか、肉体のほとんど全てを失っていたと聞いています。一時間の延命すら難しいと言われた死体同然のあなたを、待ち合わせのために近くへ来ていたあなたの兄が救った」
今でも、事故のときのことは、はっきりと覚えている。
暴走した大型車両があたしたち家族の車に突っ込んできて、爆発炎上。
気を失うことすらできない苦痛の中で、おにいちゃんだけがあたしに救いをくれた。
「法も倫理も全て無視し、ただ、あなたを生かすためだけに手術を行い、それは見事に成功した。あなたの、ふざけているとしか思えない身体能力も、全てはその副産物。けれど、そこに目をつけ、悪用したがる輩がいた」
そう、馬鹿はどこにでもいるものだ。
おにいちゃんがあたしにくれた愛を、自分も分け与えてもらおうなんていう、図々しい馬鹿が。
「そいつらは、あなたの兄を懐柔しようとして、ことごとく失敗した。どんなに好条件をつけようとも首を縦に振らないことに、苛立ちを募らせ、誰のものにもならないのであれば、その力は自分たちにとって危険すぎるという結論に達した」
ふざけた話だ。
あたしとおにいちゃんは何もしていないのに、勝手な妄想で、あたしたちを殺そうとしてきた。
到底、許されることじゃない。
「そして三年前、大きく膨れ上がった連中の負の感情が、あなたの自宅で爆発を起こした。周囲の家も巻き込むほどの大爆発は、マスコミまでにぎわせましたわね」
そのときのことを思い出すと、自分の中から苦いものが延々と湧き出てくる。
あたしは大丈夫だったのに、おにいちゃんは、あたしのことを守ってくれた。
本当なら、あたしがおにいちゃんを守らなきゃいけないのに。
おにいちゃんは、あたしの身体を抱きしめて、爆風から守ってくれた。
『今度は、守れた』
その言葉を残して、おにいちゃんは意識を失い、今も目を覚ましてくれない。
鼓膜を通して、あたしの一番奥深くに刻みこまれた声は、今でもはっきりと残っている。
それを思い出す度に、胸が張り裂けそうになる。
その日から、あたしは心に決めた。
おにいちゃんを守るために、誰よりも、何よりも強くなる。
手段なんて、選ばない。
「それを画策した組織は、あなたの手で探し出され、この世から消滅させられた。一つの組織を壊滅したあなたは、脅威として瞬く間に広がった。そして、次々と迫り来る奴らを、暗躍とは言えない派手さで葬ってきた。その残酷で容赦のない手口から、『極東の兄妹に手を出すな』という噂が流布し、消された組織の規模と数から、兄のための特殊部隊、妹レッドベレーとまで名付けられた。どうかしら? 間違いはありまして?」
「ないわ」
「そう、良かったわ。これが事実でなければ、私の苦労も無駄になってしまうもの」
今まで話していたあたしとおにいちゃんの過去に、どうしてこいつが関わってくるのか、まるで分からない。
「そういえば、まだ聞いてなかったわね。そこまで知っていて、あたしたちに接触しようとしたあんたの目的は何? 他の連中と一緒で、あたしの強さが欲しいわけ?」
「まさか、そんなものは必要ありませんわ。争いなんて野蛮なこと、私は大嫌いですの。私の興味があるのは、あなたのような兵器を作るためのレシピではありません。誰もが不可能と評した手術をやってのけた天才ですわ」
そういえば、最初に会ったときにも言っていたわね。
用事があるのは、あたしじゃなくて、おにいちゃんだって。
「つまり、誰かを助けるためってこと?」
「ええ、あなたに兄がいるように、私にも弟がいますの。この世の全てを敵にしてでも守ってあげたくなる、そんな、可愛い可愛い弟が」
「なるほどね、その弟のためってわけ」
ちょうど話が途切れたところで、抜けた隔壁の先は、大きな広間になっていた。
どうやら、終点についたみたいね。
09.妹と、姉と
「お待ちしていましたわ」
初めて聞いた肉声は、あたしが目の前にいるというのに、スピーカー越しと変わらないほど悠然としていた。
広間の一番奥、まるで玉座のような豪奢な椅子から、女が立ち上がる。
慇懃無礼を具象化したような態度で頭を下げると、優雅に微笑んでみせた。
写真で見ていたのと同じ、金髪碧眼のあの女だ。
白の全身タイツの上に黒のレオタード、そこから、肩当てや胸当てをつけている。
機動性を重視した戦闘服みたいね、素材も特注だろう。
「ようやく、その憎たらしい顔を見られたわね」
「あらためまして、お初にお目にかかりますわ。私は…」
「あんたと話すことなんて何もないわ、おにいちゃんを返して」
少し驚いたように眉をあげた後、おおげさに苦笑してみせる。
まるで、聞き分けのない子供を見る、母親の目だ。
「彼は私にとっても必要なんですの。それは、ここに来るまでの間に説明したでしょう?」
「あたしの知ったことじゃないわ。おにいちゃんを返して」
「しかたありませんわね」
根負けしたように、女が指を弾く。
それにあわせて迷彩が解けたのか、右端のほうに扉が現れた。
「!」
見えなくても、あたしには分かる。
そこにおにいちゃんがいる、絶対に間違いない。
他の一切を頭の中から消して駆け寄り、乱暴にドアを開け放つ。
「おにいちゃんっ!!」
中では、おにいちゃんがベッドの上で、安らかに寝息を立てていた。
家にいるときと、まるで変わらない。本当に、本当に無事でよかった。
「原因不明の昏睡状態、私も見せて頂きましたわ。残念ですが、この私でも手の施しようがありませんでした」
「なら、もう用はないでしょう?」
おにいちゃんが目を覚ましていれば、その弟を救えるかもしれない。
だけど、おにいちゃんが意識を取り戻さない限りは、どうしようもない。
「いいえ、他にも方法がありますの」
余裕の笑みが、冷酷な笑みへと変質する。
その不吉な顔に、あたしの身体を悪寒が駆け巡った。
「彼には及びませんけれど、私も研究者ですの。目を覚ますことはできなくても、頭の中を覗き見ることは可能ですわ」
「なんですって?」
「もちろん、それで確実に私の弟が助かる方法が見つかるとは限りませんが、試してみる価値は十分にありますわ。だって、失敗したところで、私は何も失わないんですもの。ですから、大変申し訳ありませんが、私たち姉弟のために、あなたたち兄妹は犠牲になっていただきますわ」
悪びれた様子もなく、平然とそんなことを言ってのける。
罪悪感なんて、欠片も見えなかった。
「もちろん、協力してくださいますわよね?」
「あんたは、他人を助けるために、自分の弟を人体実験に差し出せるわけ?」
「では、あなたなら、お兄様のために何かをするときに、他人の都合を考えますの?」
返された問いに、思わず言葉が止まる。
あたしの反応が嬉しいのか、女が口元に笑みを浮かべた。
「愚問ね」
本当に、愚かな問いだ。考えるまでもないし、聞かれるまでもない。
答えなんて、最初から決まっているし、どんなことがあっても変わらない。
おにいちゃん以外に考えるべきものなんて、この世には存在しない。
「私にとっても同じことですわ。我が最愛の弟のためなら、手段なんて選びませんの」
その一言だけで、これ以上の会話は無駄だと分かってしまう。
説得するなんて、絶対に不可能だ。
愛する人のためにできることがあるときに、ためらうわけがない。
「最後のお別れも、これで済ませられたでしょう? 時間を浪費するのは嫌いですの。手早く決着をつけましょうか」
「おにいちゃんを安全な場所に移動するほうが先よ」
「ドアを閉めておけば、その一室にいる限り、心配ありません。今まであなたが壊してきた隔壁の合計よりも、そのドア一枚のほうが高価なくらいですから。安全は、私が保証しますわ」
「あんたの言葉を信じろっていうの?」
「べつに、信じなくてもかまいませんわ。私にとっては、掛け替えのない存在ではありませんもの。少々面倒ですが、他に使える物を探すだけですわ。巻き添えなんていう馬鹿な死に方をされるのは不本意ですけれど、ね」
たっぷりと皮肉を含ませて、女が嫌味を吐き出す。
おにいちゃんに死なれたくないというのに、嘘はないはずだ。
それに、おにいちゃんを連れて、今までの道のりを逃げ切るのは、無理がある。
選択の余地はない、か。
「もう少しだけ待っててね、おにいちゃん。すぐに終わらせるから」
さっさと片付けて、こんなところから早く帰らないといけない。
清浄機で整えられたおにいちゃんの部屋と比べると、ここは、空気が悪すぎる。
おにいちゃんが体調を崩したら、一大事だ。
帰ったら、まずは洗濯だ。
そして、くっついた砂やホコリと一緒に、穢れを洗い落とさないといけない。
おにいちゃんの着ているものは、あたしが責任を持って全て清めるんだから。
そして、洗濯機を回している間に、一緒にお風呂にも入らなくっちゃ。
こんな不潔な場所にいるんだから、いつもより念入りに洗わなきゃダメ。
まずは背中を流して、その後、たっぷり時間をかけて、隅々まであたしが洗ってあげるんだ。
見たくもないブサイクな顔を見ながら、おにいちゃんとの生活に思いを馳せる。
そう、帰ったら今までと同じ、幸せな毎日が待っている。
こいつさえいなくなれば、元通りだ。
早撃ちのつもりで、最小限の動作で銃を抜き、照準をあわせて撃つ。
不意打ちで撃った一発は、たしかに顔面を狙ったのに、髪にもかすらなかった。
苦もなく避けられた……か。
まあ、挨拶代わりだし、しかたないわね。
「まったく、合図もなしに開戦なんて、情緒も何もあったものではないわね」
「あんたの趣味に付き合う義理はないわ」
「つれないですわね」
どうするのかと思えば、こちらに近づくこともなく、注意深くあたりを回りだした。
あたしでも、目で追うのがやっとなくらいの高速移動。
さっきの回避といい、生身の人間が出せる速さじゃない。
「そう、あんたも改造(いじ)ってあるのね」
なら、棒立ちのままで迎え撃つのは、危険だ。
相手が足を使ってくるというなら、あたしもそれに答えてやる。
体育館ほどの広さを余すことなく使い、風を切って駆ける。
数秒もしないうちに、互いに示し合わせたように円を描いていた。
この狭い空間で距離を取ろうとすれば、当然の結果だ。
足を滑らせて旋回すると、火花とともに軌跡が生まれる。
瞬く間に、床は黒い線でいっぱいになった。
「そこね」
相手の進路と到達時間を予想して、銃弾をばら撒く。
隠れられる遮蔽物がないから、相手に軌道を読まれたら終わりだ。
緩急をつけることで、目まぐるしく位置を変えて、回避するしかない。
バイクに乗って平地で撃ち合えば、こんな格好になるかもしれない。
相手の攻撃は、十分に避けられる。
だけど、あたしの攻撃も、まるで当たらない。
まずいわね。
気づかれないように残弾を確認して、心の中でつぶやく。
このままだと、どう考えても、あたしの方が先に弾切れになる。
それに、奴は補給できるかもしれないけど、こっちは消耗したら戻らない。
接近戦以外の選択肢も残しておかないと、そこにつけこまれたら厄介だ。
弾薬が底をつく前に、打開してみせる。
タイミングを読んで角度を変え、二人で描いていた円の中心を突っ切り、相手へと肉迫する。
数発ずつ撃って動きを牽制しながら、左手でナイフを抜き放った。
もう間合いの中だ、これで……。
「残念ですが、届きませんわ」
あたしのナイフと奴の首までには、片手ほどの距離がある。
「くっ…」
続けざまに連撃を仕掛けても、難なく避けられてしまった。
まさか、こうも容易く避けられるなんて…。
「ここまでの道のり、あの程度の仕掛けで仕留められるとも思っていませんし、もちろん、単なる障害物競争をさせたかったわけでもない。だったら、何をしていたか分かりますか?」
「どういう意味?」
「私の勝利を揺るぎないものにするために、色々画策させていただきましたの。確実な死を与えないと、あなたは絶対に私の邪魔をしてくれるだろうから」
「賢明じゃない」
生きている限り、あたしは、絶対におにいちゃんを取り戻す。
「ここまでの道中で、あなたのスペックは、全て測らせていただきました。初対面で、正面から戦ったとしたら、私ではあなたに勝てなかったでしょう。ですが、私はあなたの常識離れした身体能力を把握している。しかも、今のあなたは武装も消耗し、身体(からだ)も精神(こころ)も疲れてしまっている」
あの馬鹿げた罠の数々は、性能測定(ベンチマーク)だったわけか。
壁を壊した破壊力を、走らせたり避けさせたりしたときの運動性能で、あたしの手の内は知られている。
道理で、やりづらいわけだ。
「さあ、絶望しなさい。あなたに勝ち目は残されていませんわ」
芝居がかった口調で人差し指をつきつけ、女が高らかに宣言する。
本当に、この女は、頭がいいのか悪いのか分からない。
悪知恵は働くんだろうけど、やっぱりこいつは馬鹿だ。
こんなことで、あたしが諦めるはずがない。
「私、勝利する自分の姿も好きですけど、相手の敗北した姿を見るのが一番好きですの。罠に堕ちて恐怖に歪んだあなたの顔を、ぜひ、私に見せてくださいな」
「言い残すことは、それで終わり?」
ナイフの持ち手を変え、姿勢を前傾へと変える。
「なら、約束通りに人生を終わらせてあげるわ」
両足をつかって飛び出し、相手との距離をゼロにする。
「その首、もらうわよ!」
横一文字に、ナイフを走らせる。
これ見よがしのナイフは、単なる目くらまし。
本命は、何も持っていない、あたしの左手だ。
そのたるんだ胸の奥にある心臓に、全力で叩き込んでやる。
「気づいてますわよ」
突き出そうとした手を打ち払われ、姿勢を崩したあたしの右手に、女の蹴りが飛んでくる。
「くっ…」
手の感覚が薄れて、ナイフを落としてしまう。
どんなに全力で握っていても、あの衝撃で蹴られたら、どうしようもない。
「はぁぁぁっ!」
調子に乗って突き出される拳と蹴りを、冷静に見切る。
正拳突き、回し蹴り、手刀に足刀、貫き手。
数々の空手技を受け流して、こちらも空手技で返す。
数度の応酬を経て、奴の拳の軌道が変化した。
独特のフットワークと、胸の前に握られた拳。
今度は、ボクシングみたいね。
相手に合わせて、こちらも足運びを変える。
空気を裂いて飛び込んでくる拳をかいくぐり、懐へと飛び込んだ。
「たいしたものね、メダリストと大差ない動きをしているはずなのに」
バックステップで距離を取りながら、感心したように女がつぶやく。
「この程度、褒められるほどでもないわ。当たり前よ」
「ふふっ。あなたなら、どんな競技に参加しても、世界記録を塗り替えられるわね。トロフィー、メダル、ベルト、どんな栄誉だろうと取り放題。もっとも、薬物使用(ドーピング)で、即失格でしょうけれど」
「ルールに縛られた最強の称号なんて、興味ないわ」
欲しいのは、肩書きではなく、強さだ。
あたしがやっているのは、スポーツじゃないし、誰かに認められる必要もない。
あたしが自分を鍛える理由は、王として君臨するためじゃない。
王に捧げるためだ。
10.満足する妹
数十分で、数種の格闘技を披露しあい、お互いに疲れと痛みを蓄積させていく。
最初は同種でやっていたのが、異種格闘技になるにつれて、相手の反応が鈍っていった。
やっぱりそうだ。この女は、戦い慣れていない。
教科書どおりに行儀よく戦うなら問題ないけれど、何かあると途端に動きが鈍くなる。
それに、自分と同等の相手と戦うのも初めてだし、長時間の戦闘経験もほとんどないみたいだ。
このまま行けば、間違いなく勝てる。
「こうなったら…」
相手の意識があたしから離れた瞬間に、急接近する。
肩当てへと伸ばしていた右手が何かスイッチを押したところで、手首を抑えて、ひねりあげる。
「くっ…」
「反応が遅すぎるわ」
今更何をしても、絶対に逃がさない。
捕縛術の要領で地面にうつ伏せに倒して、腕を決めた。
これで、もう身動きは取れない。
「さてと」
肩当ての中に内臓されていたのは、指輪を入れておくような小箱。
フタを空ければ、その中央に赤いボタンが一つだけあった。
やっぱりね。
それを確認してフタを閉じ、あたしのポケットにしまい込む。
こんな悪い物は、没収だ。
「おにいちゃんを助けたければ、おとなしく従え…ってところでしょう? そろそろ、やるころだとは思っていたけど、あきれるほどに古典的ね。見せびらかす必要があるとはいえ、手動のスイッチなんて、使い辛いでしょう。だから、こうやって、あたしに奪われるのよ」
「くっ、まさか、気付いていたの?」
「当前でしょ。あんたみたいな馬鹿を何人相手してきたと思ってるの?」
どうしても、あたしに勝てなかったときにどうするか?
みんな、答えは同じだ。絶対におにいちゃんを狙ってくる。
だって、それ以外にあたしと取引できる材料なんてないもの。
おにいちゃんは、あたしの唯一の弱点。
だから、人質を企む馬鹿は、後を絶たない。
「残念だったわね。あんたなんか、最初から信用するわけないでしょ?」
「仕掛けが一つで終わりだと思ってるなら、あなたの頭もおめでたいですわね」
虚勢(ハッタリ)なのか、本当なのか、どっちだろうとかまわない。
まだ逆らうつもりなら、同じ舞台に立たせてやる。
「大事なものって、目の届く所に置いておきたいわよね。それに、大事な人なら毎日会いたい。あたしなら、必ずそうする」
「な、何を言ってますの?」
女の声が、哀れなほどに動揺を帯びる。
面白いほどの反応だ、これだけでも確信が持てる。
「やっぱりね、あなたの大事な弟君は、この施設のどこかにいるのね?」
「馬鹿を言わないでください、こんな危険な場所にいさせるはずありませんわ!」
必死になって、女があたしの言葉を否定する。
だけど、そんなことをすればするほど、図星だと自分で言っているようなものだ。
「だったら、べつにかまわないじゃない。あたしの部下が、島ごと吹き飛ばせるような大きなミサイルでこの島を狙っていても、かまわないでしょう?」
顔だけではなく、女の全身が強張り、ちらっと後ろを振り返る。
それだけ大規模な攻撃を受けたら、自動(オート)では防ぎきれない。
どうしても手動(マニュアル)による対応が必要になる。
「で、でもっ!! そんなことをしたら、あなたたちまで無事では済まないわ。あなたの愛しいお兄様が死んでしまってもいいというの?」
「だから、おにいちゃんが生きてる限りは、そんな馬鹿な真似はしないわ。だけどね、考えてみて。あなたは、あたしのおにいちゃんを殺そうとしている。おにいちゃんが死んだときに、あたしがこの世界に残ると思う? 自分の命に、生きることに、執着するように見える?」
「ぐっ…」
言葉を詰まらせる。反論の余地なんて、ないはずだ。
ただ一人の大切な人を持つ身なら、あたしの言葉が嘘じゃないことが分かるに決まっている。
「まだ仕掛けがあるなら、そのことを頭に叩き込んだ上で、どうするか決めるのね」
「くっ…」
悔しげにうめく女の背中を、思いっきり殴りつける。
骨が歪むのが、手応えで分かった。
「くはっ…」
「ねえ、痛い? 私の痛みは、こんなものじゃない。おにいちゃんから引き離された痛みは、あんたなんかじゃ表現しきれないわ」
「ま、まだよっ!」
ごきんとイヤな音がして、押さえ込んでいた腕の抵抗がなくなる。
痛みを省みずに、あたしの拘束を振りほどいた。
「はぁっ……はぁっ……」
荒い呼吸を繰り返して痛みを誤魔化し、折れた右手をだらりと垂らして、こちらを睨みつけてくる。
さっきまでの涼しげな笑顔は、粉々に砕けて消え去り、野獣のように歯を剥いていた。
油断なんて、してやらない。なりふりかまわない手負いの獣が、一番手ごわいから。
「あぁぁああぁぁぁぁぁっ」
雄叫びをあげて、一直線に突進してくる。
小細工も何もない、ただの純粋な体当たりだけど、恐ろしく速い。
あの女自体が、まるで、殺意で塗り固められた弾丸だ。
当たれば、高速道路にいる自動車よりも威力は高いだろう。
対応を間違えたら、あたしが死ぬ。
「しょうがないわね」
どうせ、無傷ではすませられない。
覚悟を決めて、重心を下げて両足に力を込めて、前へと踏み出す。
踏み出した足の衝撃に耐え切れず、床に二人の足跡がはっきりと刻まれた。
痛みを無視して、暴れる相手のみぞおちに手のひらを当てる。
「これで終わりよ」
反動を無視し、筋力の限界を超えて、手のひらをめりこませる。
相手の骨と一緒に、自分の骨も砕ける音がした。
これで、当分の間は、右手を使えないわね。
壮絶な痛みに歯を食いしばって耐え、ゆっくりと相手の身体から引き抜く。
目を見開いた相手が、ゆっくりと崩れ落ちた。
「この、私が…負けるなんて…」
天井を見上げる形で地面に女が、泣いている。
涙の筋は、こめかみを伝って、耳へと流れ落ちていた。
「問題点は、準備や作戦の質じゃないわ。手を出した相手が、そもそも間違いなのよ」
「それでも、べつに後悔はしていませんわよ。正解だろうと間違いだろうと、それしか手がないのなら、やるしかないのですから」
同意も否定もする気になれなくて、黙りこむ。
何を言っても、どうせ聞く耳なんて持てないだろう。
「でもね、このまま帰れるなんて思わないでくださいな。あなたたちだけ幸せに暮らせるなんて、許容できるはずがありませんわ」
狂気を孕んだ、晴れやかな笑顔。
全てを投げ出した者だけが浮かべることができる、怖気を呼ぶ笑顔だ。
「あなたの言っていたとおりですわ。ボタンなんかにするべきではありませんでしたわ
ね。そうすれば、たとえあなたでも、防ぐことはできない」
照明が全て赤に切り替わり、緊急を示すサイレンが喚きだす。
それにあわせて、壁の向こうから、爆発の音とその余波が響いてきた。
本来なら、証拠を隠滅するために使う、自爆を発動させたわね。
「さあ、炎の海で一緒に泳ぎましょう?」
「どこまでも迷惑な女ね」
おにいちゃんのベッドを押して、外へ向かって駆け出す。
いつまでも響いているあの女の狂ったような哄笑が、耳にこびりついた。
ヘリに搭乗して、眼下の施設を見下ろす。
鼓膜を痛めるほどの轟音が、断続的に防弾ガラスを叩く。
音に見合うだけの真っ赤な炎が各所から上がり、どす黒い煙で視界がいっぱいになる。
あちこちで起きる小爆発に耐えられず、次々と壁や柱が倒壊していった。
そして、それは連鎖し始め、崩壊が加速しはじめる。
悪の最後ね。
「お帰りなさい」
その声に振り返れば、ベッドの隣にしゃがみこむ千草がいた。
無能のくせに、おにいちゃんの左手に両手を重ねて、涙を流していた。
ふざけてる。あたしよりもおにいちゃんの近くにいるなんて、許されるわけがない。
「無事でよかった、本当に……」
「何してるの? 持ち場に戻りなさい」
そこにいるべきなのは、あたしだ。
こんなところで、ただおにいちゃんの帰りを待っていただけのあんたなんかに、そんなことをする権利はない。
「いいじゃないの、少しぐらい。全てが無事に終わったんだから」
「何を言ってるの? まだやることが残ってるわよ」
「え?」
きちんと説明しないと分からないなんて、本当に無能だ。
おにいちゃんの敵をこのままにしておくなんて、詰めが甘いにも程がある。
「いったい、何をするつもりなの?」
「スプレッド(広域攻撃)の準備を急ぎなさい。標的は、あれね」
次々と爆発を起こして、心臓が止まりかけの研究所を指差す。
変な薬品にでも引火したのか、炎は、さっきまでと比べ物にならないくらい大きい。
「ちょっ、ちょっと待ちなさい!! あの施設は、放っておいても壊れるでしょう? なぜ、わざわざ……」
「あの女の自爆を信じてあげる義理はないわ」
自分で準備するんだから、逃げ場ぐらい作っておくのは、当然のこと。
施設の上だけを吹き飛ばして、地下や海中に逃げこむなんて真似は、いくらでも出来る。
「それにしても、あの火力を使うのは……下手に中のものと誘爆すれば、島ごと消えることになるわ」
「ちょうどいいじゃない」
そもそも、あたしの目的は、『おにいちゃんの奪還』と『おにいちゃんをさらった馬鹿の殲滅』だ。
あいつらが全て消せるなら、何の問題もない。
「だけど……」
「いつもあたしが言ってるでしょう? お兄ちゃんに牙を剥いた者は、例外なく死ぬべきだって。さっさと用意しなさい」
「…了解」
ブーツを脱いで、ベッドの上に乗る。
「大丈夫、何にも心配しないで。おにいちゃんのことは、あたしが守るから」
浅い呼吸を繰り返しているおにいちゃんの耳元で、ささやく。
おにいちゃんのベッドの上側にあるボタンを、端から押していく。
システムを起動すると、テントのような球状の幕がベッドを包み込んだ。
その胸板にあたしの胸をあわせ、覆いかぶさる。
迫り来る衝撃と音は、全てあたしが引き受ける。
おにいちゃんに降り注ぐものは、全て、あたしが受け止める。
窓の外を閃光の白が埋め尽くし、防音施設が何の役にもたたないほどの音が耳に届く。
数秒の遅れ(ラグ)の後に来る衝撃がおにいちゃんへ届かないように、あたしが全てを引き受けた。
立ち込める煙の中に、じっと目を凝らす。
島は丸ごと消えて、あの研究所の外壁の白は、一片さえも残っていなかった。
どうやら、跡形もなく消し飛んだみたいね。
着弾点を中心にして円形に生まれたくぼみに、海水が音を立てて流れ込んでいく。
時間をかけて、地面の茶色が、水の青に覆われる。
数分という時間をかけて、まるで、最初からそうだったように、広大な海が全てを飲み込んだ。
「うん、上出来ね」
これでこそ、殲滅と呼ぶに相応しい。
おにいちゃんにちょっかいを出した愚か者には、似合いの末路だ。
「ああ、地図を書き換えるのに加担してしまうなんて」
「名もない無人島でしょ、気にすることじゃないわ」
まあ、おにいちゃんに害をなすなら、例え国だろうと、この世界から消してあげるけどね。
帽子を脱いで、胸に抱く。
これで、本当に全てが終わった。
「帰ろうね。おにいちゃん」
おにいちゃんは、あたしが守り続ける
誰からだろうと、何からだろうと、絶対にだ。
後書き
書けば書くほど物語を面白く描くための設定やストーリーというのは難しい
という事実を実感させてくれた作品でした
『ヤンデレな妹がお兄ちゃんのために相手を殺しまくるのっていいよね』
という、それだけのコンセプトで描き始めてしまったけれど
強さの限界値(人間レベルなのか人間超越者なのか)とか、
魅力的なボスとの面白いボス戦とは何なのか? とか、
お兄ちゃんをさらった練度の高い人を四天王ポジションにするつもりが
途中で力尽きたなーとか、いろいろ反省がありました
ただ、ヤンデレな妹の真っ直ぐに重すぎる愛というのは書いていて楽しかったので
また次の作品に活かせたらいいなと思います
最後までお読みいただきまして、ありがとうございました
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